
(画像は内閣府の「合理的配慮」リーフレットより)
以前このブログでもお知らせした「合理的配慮」の特集番組が、記事になったことを、番組に出られていた尾上浩二さんから教えていただきました。
▼「合理的配慮」がよく分かる 考え方と具体例
(NHK福祉情報サイト「ハートネット」、2023/8/28記事)
感謝です!![]()
番組を見てから1か月以上経って忘れていたことも多く、
記事を読むことで、思い出していくことが多かったです。
「合理的配慮は、思いやりではない」という言葉は、番組を見たときにとても心に残っていた言葉です。
今回、そのことを再確認させてもらいました。
忘れずに、ずっと心に留めておきたいと思います。![]()
尾上さんからは、「番組では時間の関係で一部しか紹介できなかった、東俊裕さんのインタビューも公開されました。」ということも、教えていただきました。
下のリンク先になります。
▼弁護士・東俊裕さんに聞く合理的配慮 障害者差別解消法制定から10年
障害者差別解消法の成立経緯のことなどが、詳しく語られています。
その成立過程の中で、「“Nothing without us, about us”(我々抜きに我々のことを決めるな)」という仕組みが、国内法制度の改革のプロセスに盛り込まれたのは、非常に大きかったと思います。![]()
最後に、ちょっとだけ、つけたしのようなことを書きます。
実は、尾上さんと荒井裕樹さんが対談された本が、手元にあります。
荒井裕樹さんという方が、いろんな方と対談された、対談集です。
![]()
『どうして、もっと怒らないの? 生きづらい「いま」を生き延びる術は障害者運動が教えてくれる』
(荒井裕樹)
まだ尾上さんとの対談のところしか読んでいないのですが、その最後に、尾上さんがこんなことを言われていました。
「障害者運動が目指してきた地平というのを、わかりやすく伝えていくこともすごく大切かもしれませんね。」
(同書p74より)
まさに、今回のNHK特集は、尾上さんが思われていた「わかりやすく伝えていくこと」の、具現化したものなのかな、と思いました。
障害者運動の当事者の方の言葉の中には、「わかりやすくすることで、失われていくものもある」といったことも書いてあって、「それも、確かになあ」と思う一方で、やはり、いろんな人に知ってもらう一つのやり方として、こういった「わかりやすく伝えていくこと」も大切だと思うのです。
ここから、また広がっていくものがある、と思っています。
どうぞ、周りの方にも、お知らせください。
僕も、伝えます。![]()
インクルーシブな社会をつくるために・・・。
![]()
▼「合理的配慮」がよく分かるテレビ番組(「フクチッチ」合理的配慮 前後編)
(2023/07/09の日記)
▼「広島県の小学5年生の合理的配慮への道!」
(2021/10/17の日記)
▼小学校市販テストの合理的配慮等(正進社のパンフレットより)
(2019/05/19の日記)
▼業者テストの「ルビうち」が標準対応に!
(2017/06/10の日記)
投稿者: にかとま
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NHK「合理的配慮」特集が記事に! 『「合理的配慮」がよく分かる 考え方と具体例』など
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スマホの音声入力とフリック入力でブログを書いてみた!
8月31日です。
8月、最後の日になりました。
8月中は毎日ブログを書いていたので、「今日も、なんとしても8月最後のブログを書かなければ!」と思っていました。😅
ところが思いのほか、忙しく、なかなか時間が取れませんでした。
そこで、今スマホに向かって、音声入力でこのブログを書いています!😅
という、上のところまではiPhoneの音声入力で、書きました。
音声入力でも、なんとかなるものです。
ここからは、フリック入力で書いています。
子どもたちのなかには、こういう、「音声入力」とか「フリック入力」がとても得意な子たちがいます。
いろんなやり方でインプットやアウトプットができる、いい時代になったなあ、と思います。
なんと、今日は、これだけです。
また9月に、期待してください。
それでは!😄
↓こんな画面で、入力後に、部分的に太字にしたりして、見た目を少し、最後に整えました。

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「書くこと」の代替手段を当たり前に使える世の中にしよう!
昨日は、スマホの音声入力やフリック入力で、スマホからブログを書きました。
これだけで終わってしまうと、「きょういく」の話にならないので、今日は、前回をふまえた、「きょういく」の話です。
カンのいい方はお気づきかもしれません。
そうです、これらは、「書くこと」の代替手段のバリエーションなのです。

子どもたちの中には、紙に鉛筆で文字を書くことが非常に苦手な子たちがいます。
「読み書きが苦手で、通常学級の学習についていけないので、特別支援学級で学習したらどうか」と言われている子どもたちもいるようです。
(この言葉は、ツッコミどころが満載なのですが、長くなるので、ここでは深入りはしません。
)
その子たちに、
「書けないなら、書けるようになるまで、努力しろ」
と努力を強いることが、はたして教育なのでしょうか?
僕はこう思います。
「紙に鉛筆で文字を書くことにこだわらなくても、いいのではないか」と。
「読み書き」は手段であって、目的ではありません。
僕たちが読んだり書いたりしたいのは、そこに目的があるからであり、
目的達成の手段として、読んだり、書いたりしているわけです。
たとえば、知りたいことや、伝えたいことが、先にあるはずです。
だから、「知る」「伝える」ための手段として、読んだり書いたりしているのではないでしょうか。
いまどき、本を読むことが苦手なので、YouTubeの動画で情報を得ているという人は、たくさんいます。
本を読めるようになるに越したことはないけれど、
だからといって、YouTubeからの情報入手を禁止するのはおかしな話で、余計なお世話というものです。
手段がたくさんあるなら、使いたい手段を、選べばいい。
「読み書き」が手段であるのなら、手段は、複数あっていい。
自分に合った手段を使えばいいのです。
そうやって多様な手段を保障してあげることで、助かる子どもたちが、大勢います。
「一律に同じやり方でやらなければならない」といったことを義務にすることは、基本的に、やめるべきだと思っています。
#日本では、2B鉛筆で1㎝方眼のノートに、見本と同じ字を書くことを繰り返し奨励される
#外国では、かなりアバウトで、自由らしい
#書くことにおいて、個性を出しちゃだめなのか?
僕が以前に書いた文章の中の言葉を再掲します。
・障害を理解し、本人に合ったやり方で読み書きを指導したり、または読み書きを代替する手段(代読や読み上げソフトの利用、音声メモの利用等)を検討したりしていくべきだ
(「読み書きに困難のある子の学習保障~通級指導担当の立場から~」、2018、自分の文章より)
その後のブログでも、何度か、具体的な「読み書きの代替手段」について、書いてきました。
▼Wordの音声入力で読書感想文
▼書くことの苦手な子どものためのiPadの文字入力(漢字の手書き、50音かな、フリック入力)
上の引用元は「読み書き障害」を想定したものになっていますが、
「障害」の有無にかかわらず、誰にとっても、
多様な手段を保障してあげたほうが、生きやすくなるのではないでしょうか。
このあいだ銀行で振込をしようとしたら、漢字でいっぱい書くところがある用紙を渡されました。
相手先の銀行名や支店名を、漢字で書かないといけない様式だったのです。
「漢字を書くことが苦手な人のことを考えているのだろうか」と、非常に残念に思いました。
そういう、「〇〇しかできない」「〇〇しか使えない」というのは、もう古いのではないですか?
今の社会人なら普通に使っているのが、パソコンなどのデジタル機器です。
そして、何よりも僕たちの生活の中で、スマホなどのデジタル機器を、普通に使っています。
それが、「通常」になっているのです。
ただ、デジタルオンリーになると、今度はそのほうが使うのが難しい、という方も、おられます。
だから、手書きも、デジタル入力も、両方使えるのが、理想的です。
「学校」というところも、まだまだ古い文化が幅を利かせていて、「紙に鉛筆で書くことしか認めない」というところも多いです。
でも、学ぶのは子どもですよね?
子どもにとって学びやすい手段があるのなら、それを使わせないことは、むしろ差別になるのではないでしょうか。
「読み・書き・計算」=「学習」だという捉え方が、いまだにはびこっています。
でも、今や社会で生活していくために、「読み・書き・計算」は、必ずしも必要ではないのです。
社会人にもなって、仕事で必要な計算を手書きの筆算でやっている人は、ほとんどいません。
電卓やパソコンを使ったほうが速いことが、分かっているからです。
デジタルツールを使ってやっていくのは、当たり前の時代になっているのです。
自力で読み・書き・計算をしなければならない必然性は、機械の進化により、どんどん減ってきています。
#機械が増えたので、読み・書き・計算をする機会が減っている
#読み・書き・計算が必要ないわけではないが、その重要度は以前より減っている
時代に合わせて、人によって、
やり方は、変えていかなければならないのではないでしょうか。
あなたは、どう思いますか?

▼読み書き障害についての福井県の冊子(無料閲覧可)がすごすぎる!
(2018/10/17の日記)
ご意見、お待ちしています・・・。 -
今の大学受験はもはやペーパーテスト重視ではない! ~『探究の達人』その1

昨日のブログ記事で、
・自力で読み・書き・計算をしなければならない必然性は、機械の進化により、どんどん減ってきています。
といったことを書きました。
「学校ではいまだに個人に読み・書き・計算の力をつけようとしているが、それってどうなの?」という問題提起をおこなったつもりです。
ただ、そういうことを言うと、昔から
「そうは言っても、大学受験がペーパーテストだから」
という反論が、根強くあります。
僕が高校生だったウン十年前に、僕は「高校の授業はまるで大学受験のためにあるみたいだ」と思いました。
それがそもそもおかしいような気がしますが・・・。
今でも、結局、「受験で読み・書き・計算が要求されるなら、子どもたちに読み・書き・計算をさせなければならない」という理屈は、強くあるようです。
ただ、大学受験も、変わっていっているようです。
ここからは、次の本の中に書かれていた内容を、参照していきます。

『探究の達人 子どもが夢中になって学ぶ! 「探究心」の育て方』
(神田 昌典・学修デザイナー協会、実業之日本社、2023/3、税別1500円)
以下は、上の本の「あとがき」で、書かれていたことです。
・「総合型選抜」は、各大学が求める学生像に合った受験生を、それぞれ工夫した方法で選抜します。
「学校推薦型選抜」は、出身高校の推薦基準を満たした受験生を、面接や小論文で選抜します。
「一般選抜」は、ペーパーテストを中心とした試験で選抜します。
・2022年に全国の大学に入学した新入生のうち、半数以上が「総合型選抜」と「学校推薦型選抜」で受験して入学したと報じられました。
この動きは今後も加速していくことが予想されます。
(p210)
一般的なペーパーテストで入学した人が半数以下だなんて、驚きです。

「ほんとかな?」と思ったので、調べてみましたが、下のサイトには比率の数字なども詳しく載っていたので、本当のようです。
▼大学受験は「総合型選抜(旧AO入試)」重視の流れに。東大生が考察
(Yahooニュース、2023/8/27記事)
#記事の後半は、早めの対策で勝者になろうといった書きぶりなので好きではありませんが・・・
知りませんでしたが、これが、今の大学受験の実情のようです。
上の本自体は、「探究学習」についての、最新に近い本です。
僕は、高校の学習指導要領が改訂されたことは知っていましたが、
「総合的な探究の時間」という教科が新設されたことは、この本で初めて知りました。
2022年度からの新設なので、できたてほやほやです。
小中学校における「総合的な学習の時間」の発展形なのだそうです。
日本の教育が、結果よりもプロセスを重視し始めていることが、うかがえます。
上掲書「あとがき」の続きのページでは、外国の受験の最新の変化についても、書かれています。
・アメリカの共通テストSATは、2021年に、英語、数学、科学、歴史、外国語の5教科20科目からなるSAT Subject Testsを廃止し、英語と数学のみとしました。
2021年には、アメリカの名門大のひとつであるカリフォルニア大学がSAT等の共通テストを実施しないと発表しました。
これからは、ペーパーテストが得意とする「知識量」や「正確な思考」の評価が大学入試から離れていく傾向にあり、「これまで何を経験したか」「これから何をしたいのか」など個人の経験と考えに対する評価が重視されることでしょう。
(p211より)
これまた、「ほんとかな?」と思ったので、検索して見たところ、ハーバード大学の記事がヒットしました。
#疑い深い(;^ω^)
▼ハーバードにペーパーテストはない 求められるのは「人とつながる力」
(朝日新聞GLOBE+、2016/3/6公開、2018/12/17更新)
大学受験は、変わろうとしています。
この波が、小中学校までおりてくれば、「ペーパーテスト重視」というのは、本当に古くて意味のないものに、変わってきそうです。
僕は大学受験や高校の学習については詳しくないので、補足意見等、詳しい方からいただけたら、助かります。
ぜひ、コメントをお寄せください。
僕の認識違いや誤解している部分がもしあれば、ぜひ教えてください。
よろしくお願いいたします。
なお、「探究」というのは今後のキーワードになりそうなので、この本の読書メモは、次回も続けたいと思います。
では!

▼eラーニング教員免許更新講習で、初めてテストを受けました。
(2019/06/30の日記)
▼2021兵庫県公立高校入試問題速報
(2021/03/13の日記)
▼子どもと一緒に勉強する、という大人の姿勢 ~『下剋上受験』
(2014/08/17の日記) -
「好奇心のスイッチ」が入ると、子どもは自ら学びだす! ~『探究の達人』その2
前回に引き続き、この本に書かれていた内容を、参照していきます。
↓↓↓↓↓

『探究の達人 子どもが夢中になって学ぶ! 「探究心」の育て方』
(神田 昌典・学修デザイナー協会、実業之日本社、2023/3、税別1500円)
上の商品画像には載っていませんが、この本のオビに書いてあることは、僕は、大賛成です。
・「好奇心のスイッチ」が入ると、子どもは自ら学びだす!
(オビより)
前回はいきなり「あとがき」を参照したので、今日は順番通り、「まえがき」から参照しましょう。
この本の「まえがき」では、「探究学習」のメリットが、以下のように書かれています。
・子どもたちは、自分の夢と学びが直結する
・保護者は、自分が取り組む仕事が探究学習にも関係するので、
子どもたちとの共通の話題が増える。
・教師は、(略)児童・生徒との対話の時間を重視するようになるので、授業準備に時間がかからないようになる。
(p5)
探究学習を主体とした学習にすることで、教師の働き方改革にもなるようです。

「大人も子どもも、一緒に学ぶ」というのは、理想的だな、と思います。
前回の日記では「日本の教育が、結果よりもプロセスを重視し始めている」ということを、書いていました。
では、探究学習のプロセスでは、どのようなことが起こっているのでしょうか?
僕が象徴的だと思えたところを、以下に引用します。
・グループワークでは、
多様な意見を聞いて、思考を深める、
妥当解を見つけ出す
(p67)
たとえば「地球温暖化の解決方法」なんて、正解は分からないし、「これが正解」と思えることがあっても、実現には様々な困難にぶちあたるわけです。
人との協働においても、同じです。
だからこそ、「妥当解を見つけ出す」というのは、正解のない今の時代だからこそ、非常に重要なことではないかと思います。
本書には、高校の「総合的な探究の時間」の先進事例だけでなく、小中学校の探究学習におけるおもしろい取組も、多数掲載されています。
また、ところどころに、外国の事例も出てきます。
たとえば、
「シンガポールや上海では、総合学習のような探究的学習を日本以上に優先してやっている。
その結果、生徒が主体性や独創性を発揮し、失敗から学ぶ時間的な余裕もできた」
といった、2012年のPISA調査の報告書からの内容が紹介されたりしています。(p90)
興味を持たれた方は、ぜひご一読いただければと思います。
なお、本書には、学校以外の場での「探究」の場も紹介されています。
どちらも東京にあるので行けそうにありませんが、興味深い施設です。
▼パナソニック クリエイティブミュージアム「アケルエ」
▼TNM & TOPPAN ミュージアムシアター
最後に、子どもがもつ疑問の例として、本書の最後のほうに、こんな疑問が載っていました。
それを紹介して、終わります。
「ピカチュウの10万ボルトって、どのくらいの強さなんだろう?」
(p193より)
アニメやゲームがきっかけになって、「探究」の旅が始まることもありますね。
「学ぶ」とは、本来、そういうものではないか、と思えます。
ちなみに、上の太字の疑問を検索にかけると、なかなか興味深いことが次々と分かってきました。
探究の過程において、学びが学びを生み、次々と気になってくることが増えてくることが、体験できます。(笑)
#暇な人は、検索してみてください。

▼「自立」とは? そして、なぜ、学ぶのか? ~孫泰蔵『冒険の書 AI時代のアンラーニング』その7
(2023/08/23の日記)