一昨日の夜は、オンラインでつながっている他職種の方とのオンライン忘年会でした。![]()
ちょうど前回のブログ記事で「いろいろな職業の方とつながっている、ということでも、見えてくることはずいぶんある」ということを書いていたので、そのつながりで、そのときに教えていただいたことを書こうと思います。![]()
Sさんはヨガのインストラクター。
なんと、オンラインでヨガの体験レッスンをしていただきました。
今はオンラインでできることがほんとにたくさんありますね!
ヨガの体験は、ほんとは対面で実際に集まってやったほうがいいのかもしれませんが、オンラインだと気軽にすぐにその場でできるので、やってみるハードルがぐっと下がります。
Sさんによると、「ヨガ」とは、「つながり」という意味なんですって。
知ってました?![]()
ヨガは、自我を抑制し、自然との一体感や人との一体感を得られるものなのだそうです。
Sさんご自身は「いつでもどこでも、うるさくても集中できる」と言われていました。
もし、イライラするようなことがあっても、
「私、こういうことをされたから、イラッとするんだな」
と感じて、次の瞬間には、もう忘れているんだそうです。
すごい!![]()
僕は、すぐに周りに影響されて、イライラしたり、気持ちが落ち着かなくなったりしてしまいます。
「これは、ヨガをしたほうがいいかも・・・」
と、我が身を振り返って思いました。![]()
体験レッスンをしていただいたSさん、ありがとうございました!
Sさんのヨガの説明をお聞きしていると、
「ヨガって、めっちゃ、ええな!!」
と思いました。![]()
↓ヨガと言えば、基本はこのポーズだと思いますが、今回はこのポーズはとっていません。
ヨガの呼吸だけ、教えてもらいました。

(画像は、写真ACのものです。)
カテゴリー: 心理・カウンセリング・セラピー
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他職種の方とのオンライン忘年会で、ヨガを体験したよ!
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「記憶を消す霊薬」のワーク ~『ゆるすということ』その2
体調不良で年越しをしたので、1月4日になってようやく大掃除をしました。
書棚には、本がぎっしり詰まっています。
とても学びになった本でもあっても、本はたまっていく一方なので、ブログにどうしても覚えておきたいことだけを書いて、本自体は処分してしまうことがあります。
今回書棚から取り出した『ゆるすということ』という文庫本もそのひとつです。

『ゆるすということ もう、過去にはとらわれない』
(ジェラルド・G.ジャンポルスキ /大内博、サンマーク文庫、2006、530円)
実は2009年の4月に、いったんこのブログにこの本のことを書いていました。
▼『ゆるすということ』
(2009/04/12の日記)
上の日記では、「どうしても覚えておきたいこと」をブログに書きかけて、途中でやめてしまっていました。
めっちゃ中途半端な日記になっています!
そこで、15年ぶりにその続きを書いて、本自体とはさよならしたいと思います。
本自体の要約とか紹介と言うわけではなく、その本の中の、ある心理的なワークの部分だけを抜粋しての紹介です。
『ゆるすということ』 読書メモ
★「記憶を消す霊薬」のワーク
いやなことを10分間忘れさせてくれる薬を手に入れたとします。
この特別な薬を水に入れて、一気に飲み干します。
薬が効いている10分間は、過去のいやな出来事はすべて忘れて、愛の記憶しか残りません。
愛の記憶だけを意識すると、たいていの人は心が静かになり、いまこの瞬間を100%生きられるようになります。
(同書p116より)
AIに上の説明を絵にしてもらいました。


上のワークで僕がポイントだと思うのは、「10分間だけ」という限定の要素です。
人間だもの。怒ったり、泣いたり、許せなかったりすることも、あります。
でも、ほんの10分間だけ、その感情から自由になり、愛の記憶に身を浸すことができれば、あなたもその身を持ち直すかもしれません。
10分間が、身を救うのです。
人生思い通りにはなりませんが、「ゆるす」「ゆるせない」は、自分で決められることかもしれません。
どうしてもゆるせないとき、上のワークをやって、気持ちを落ち着けるのも、ひとつの方法です。
愛の記憶はいつも、あなたの中にあるのです。

▼『ゆるすということ』
(2009/04/12の日記) -
細川貂々『生きづらいでしたか? 私の苦労と付き合う当事者研究入門』
いろいろなことを気にしすぎて、たまに気持ちがしんどくなります。
胃が痛くなって、つい先日は結婚記念日で外食を予定していたのに、朝からなかなか食べられずにいました。
そんなとき、細川貂々(てんてん)さんの本を読みます。
かる~く読める、ゆる~い感じの、リラックスできる絵柄。
それでいて、「生きづらさ」に寄り添ってくれる本をたくさん描かれています。
気持ちがほっとして、自分の弱さを肯定してくれた気になり、救われる気持ちになります。
今日は、そんな本の読書メモを書いていきます。

『生きづらいでしたか? 私の苦労と付き合う当事者研究入門』
(細川貂々、平凡社、2019、1200円)
↑上の本、「当事者研究」という言葉にビビッときて、購入しました。
「当事者研究」というのは、「べてるの家」の言葉です。
当事者が、自分のことを研究するのです。
「べてる」については話すと長くなるので、2006年に僕が訪問した際の記事をお読みください。
▼北海道 5日目 「べてるの家」来訪
(2006/08/24の日記)
貂々さんのこの本では、「べてるの家」の向谷地生良(むかいやちいくよし)さんも登場されます。
本書の中で、向谷地さんは、次のようなことを言っておられます。
・「弱い所があるのが人間だからね
私なんか 自己肯定感が低いのは健康的だと思ってるんです」
「人間というのは
ネガティブ要素を背負って生きていくわけだから
そういうのをごまかして
”人間てスバラシイ”
っていうのは逃避だと思う」
(p67、向谷地生良さんの言葉)
「自己肯定感が低いのは健康的」という、僕が思っていたのとは全く逆のことを真っ正面から言われたことに、まず驚きました。
僕は、「自己肯定感が低いのはだめだ・・・」「自己肯定感が低い自分はだめだ・・・」と思い続けてきたのです。
そういえば、弱さを強さに逆変換するような、こういった「べてる」の考え方が好きで、よく「べてる」の本を読んできたのでした。
最近また、弱いということや強いということについて、いろいろ考えています。
結局、弱い自分がありのままの自分なら、それを受け入れろということなのかな。
逃避グセは、なかなか、なおりません。
しんどい人間関係があると、そこから逃げてしまいたくなる。
そんなことばかりです。
本書には、べてるの家の向谷地生良さんだけでなく、川村敏明さんも登場されます。
川村敏明さんは精神科医です。
川村さんは次のように語られています。
・「僕は患者さんから
いろんな可能性を奪わないってことが大事だと思うんです」
「患者さんも悩んで
友だちとシェアして
共に生きることへの手ごたえを感じないと」
「自分たちの問題を
ちゃんと自分の言葉で語れる力を持つことが大事だと」
「一番おもしろいのは 病気が治るよりも 人と人の成長です」
「その人にどういう役割が与えられているか」
「せっかく生きてきたのだから
その人にふさわしい役割があるはず」
「病気の人は病気を通して
何か役割を果たしてるんじゃないかって思うんだ」
(p79、川村敏明さんの言葉)
このブログを通して、いまこうして本書の読書メモというかたちで、自分の思いやしんどさを出しているのも、もしかすると、「シェアしている」ことになるのかもしれません。
なかなか、弱い自分を口に出すことが、できないでいます。
せめて、こういった書き物のなかででも、ありのままの自分に近いものを出せたなら、それはそれで、いいのかもしれませんね。
おもしろいのが、僕がずっと考え続けてきた「共に生きる」ということが、川村さんの言葉の中にも出てきたことです。
「共に生きることへの手ごたえ」
僕は感じられているのかな。
もちろん、いっしょにいろんなことをさせていただいている方々が、何人も、何人もいらっしゃるのですが。
#いつもお世話になっております。
その関係に「手ごたえ」を感じるべく、まず、自分自身が自分自身の問題に対して、アクティブに関わっていかなければならないな、と思っているところです。
今日はなんだかとりとめのない話になりました。
聞いていただいて、ありがとう。

▼発達障害、パニック障害、うつ病等の当事者からのメッセージ
(2008/12/16の日記)
▼自己のアイデンティティを言い切るということ(例「明治ですから!」)
(2006/09/07の日記) -
言葉で表現すると、恐怖が減る。 ~アンデシュ・ハンセン『メンタル脳』その1
先月、久しぶりに大阪の梅田に行きました。
そこの巨大な本屋で買った本を、つい先日、読み終えました。
![メンタル脳(新潮新書)[アンデシュ・ハンセン]](https://i0.wp.com/nikatoma.fun/wp-content/uploads/2024/05/9784106110245_1_2.jpg?resize=298%2C477&ssl=1)
『メンタル脳』 (新潮新書)
(アンデシュ・ハンセン、新潮社、2024/1、1100円)
入り口近くに置いてあった、その本屋さんオススメの1冊でした。
新書サイズで、持ち運びもしやすいです。
大人向けの『ストレス脳』を、ティーンエイジャー向けに分かりやすく書き直したものです。
読んでみると、なるほど、いいことが書いてありました。
脳のしくみを、なぜそうなっているのかの背景も含めて、分かりやすく説明してくれています。
たとえば、こんなことです。
・話している相手が怒り出したら扁桃体は警報を鳴らします。
・扁桃体が働き出すと 心配と不安が募りますが、
「おや、この人は怒っているみたいだ。怖いな」と言葉で表現すると、
今度は 前頭葉の外側の部分が活発になり、
扁桃体を落ち着かせることができるのです。
(p70より)
話している相手が怒り出したら、冷静に「怒っているみたいだ」と言葉にする余裕はなくしてしまいそうですが、理屈としてはそうなんだ、ということを知っておくと、感情に流されずに、理性で対処することも、できるようになるかもしれません。
僕は、怒っている人がとても怖いので、大変勉強になりました。
#蛇ににらまれたカエルのようになります。
今度そういう人に会ったら、やってみたいと思います!
こうやって言語化することの効用は、後のページでも、書いてありました。
・安心出来る状況で恐ろしい記憶のことを口に出すと、その時の気分に記憶が色づけされ、少し恐怖が減ります。
何度も話すうちに ゆっくり少しずつ、しかし確実に恐ろしさが薄れていきます。
・つらい記憶にフタをするのはNG
(p89より)
持つべきものは友、そして、安心出来る環境ですね。
#両方ないなら、カウンセリングを受けに行くのも、よいです。
#こちらの話を傾聴してくれる人に対して話をすることが、大切。
僕は、人に話さずに内にためてしまうタイプですが、話すことで恐怖が減るということは、実感としてよく分かります。
こういうことは、知識として勉強しなくても、経験として分かっている人も、多いですね。
ただ、そういうことを知識として体系化して、こういった若者向けの分かりやすい本としてまとめてくださったのは、とても意義深いことだと思います。
ほかにも、役に立つ有意義な内容が満載です。
特に「メンタル」というキーワードに興味を持った方は、一度目を通してみては、いかがでしょうか。

▼アンデシュ・ハンセン『運動脳』その1 ~運動で、不安を軽減できる!!
(2023/02/07の日記)
↑1年前は、同じ著者のこの本を読んでいました! -
学級担任がカウンセリングを受けることのススメ
前回紹介した本『メンタル脳』の読書メモをもう少し続けていきたいのですが、その前に。
前回のテーマは、
▼言葉で表現すると、恐怖が減る。 ~アンデシュ・ハンセン『メンタル脳』その1
でした。
その中で、ハッシュタグ(#)を使って、僕は次の1文を書いていました。
#こちらの話を傾聴してくれる人に対して話をすることが、大切。
このことは本当に必要だと思うので、僕が以前にまとめた文章の中から、関連する内容をここに転載したいと思います。
僕が以前にまとめた文章というのは、『特別支援教育連携マニュアル』というものです。
学校における「支援」における「連携」について具体的な情報をまとめたものです。
その中から今回紹介する内容は、「学級担任がカウンセリングを受けることのススメ」です。

c 担任への心理的・精神的なサポート
学校での支援の大部分を担任が受け持っていることを考えれば、担任が元気でなければいくら支援体制を組んだところで機能しないということが考えられる。本稿で提案する児童・保護者を支える連携機関は、基本的に担任の相談やエンパワーメント、メンタルヘルスの面でも力になってくれるが、それに加えて担任のカウンセリングを行う専門機関を紹介しておく。
場合によっては担任が責任感を感じすぎて「頑張ろう」と思いすぎるがためにしんどくなっているケースもあるため、第3者が担任の言い分を聞くことに徹したり、リラックスを試みたりすることは有効であろう。
支援チームを組むうえで、支援者が倒れないことは大前提であり、そのためにチームとして役割分担をし、負担の軽減化を図っている。しかし、支援チームの中でどうしても担任は中心的な存在になってしまうので、その精神的負担が今のチーム体制でも軽減できないとなれば、直接的に担任をケアする機関に頼ることも考えるとよい。教員の精神疾患による休職は年々増加している。早めにケアを受ける必要性は非常に高いにもかかわらず1人でがんばりすぎてしまう傾向が強いので注意が必要である。
具体的なサポート機関として、たとえばT市のK診療所がある。内科と心療内科を併設しているので精神科の単科病院を受診するよりは気軽に受診することができる。診療のほかに、申請すればウォーターベッドによる全身マッサージや、音響効果によるリラックスも受けることができる。利用に際しては保険が適用され、経済的に心や体のリラクゼーションを図れる。
子どもに心の問題があると思った時に医療との連携を考えるのと同じように、支援者自身に心の問題があるという場合は心療内科やカウンセラーへの相談・訪問を臆することなく実行し、より悪くなる状態や、抜け出せなくなる状態に踏み込んでしまうことを防ぐことを考えよう。
人間だれしも良い状態の時と悪い状態の時がある。K診療所の精神科医であるI医師は、2014年1月28日の聞き取りの中で、「状態が悪い時に、状態がいい時と比べない。状態が悪い時は、状態が悪いなりに少しでも良かった時と比べるように」と言われた。「あのときは自分はこんなにできていたのに・・・」と今の自分を卑下するのではなく、同じように危機的状態にあったときに、少しでも気が楽になったり、持ち直せたりしたときのことを思い出すようにしたい。どうしても大変な時には気持ちを楽にする薬を処方してもらうなど、具体的な支援を受けることも必要である。
(僕が2014年にまとめた『特別支援教育連携マニュアル』内の記述による)
校内におられるスクールカウンセラーに話を聞いてもらうのも、いいと思います。
どうしても学校教職員は、子どもへの指導や支援が第一になって、自分のことがおろそかになってしまいます。
自分が安定していないのに、子どもたちが不安定になるのは、ある意味、当たり前です。
特に、経験の少ない担任に対して、周囲の先生方による指導や支援は日常茶飯事かもしれませんが、「話をじっくりおちついて聴いてもらうこと」「気持ちを聴いてもらうこと」は、もしかしたら、全くないかもしれません。
「あれは、どうなったの?」
「なんで、そんなことをしたの?」
「なにやってるの?」
先輩教員からそんなことばかり言われたら、子どもでも大人でも、気持ちがしんどくなって当たり前です。
#もちろん先輩方は親切心でこういった声かけをされています。
経験のない人に対して、そういったことを周囲の人が確認していくことも勿論必要なことであり・・・これは、なかなか難しい問題です。
特に、今の学校現場では、経験のない担任であっても、最初から教室をまるごと任されてしまいます。
ふだんどうやっているのかが先輩教員からは分からないので、どうしてもいろいろなことを実際どうやっているのかを確認されることが多くなっているのではないかと思います。
#職員室の中だけでなく、ありとあらゆる「仕事」のなかで、そういうことは起こっています。
#僕は経験的に、特に最初の頃はまったくうまくやることができなくて、周囲からの指導や支援は日常茶飯事でした。
#今考えるとありがたかったですが、当時はしんどかったりもしました。
こういった状況を考えると、カウンセリング的なことは、すぐ近くの周囲の人たちよりも、まったく無関係の、第三者的な人のほうがいいような気はします。
外国の場合、カウンセリングを受けることへのハードルが日本よりも低くて、気軽に話を聞いてもらいに受診しに行っている、ということを聞いたことがあります。
メンタルヘルスは、本当に大事です。
#たぶん、いちばん、大事です。
#すべてのことより
#最優先です。
思い当たるところがあった方は、ぜひ一度カウンセラーさんのところに行ってみられることを、おすすめします。
「聴いてもらうだけ」という、ただそれだけのことが、けっこうばかにできないのです。

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