カテゴリー: 教育改革

  • 夏休みの宿題 多過ぎ問題 ~宿題改革の先進的実践に学ぼう!~

    8月も終盤。
    北国ではすでに夏休みが終わっているようですが、僕たちの近隣の地域でも、もうすぐ夏休みが終わろうとしています。
    近年は、学校にエアコンが入ったからという理由で、夏休みを短縮する市町が出てきました。
    わが子の通う学校は、来週の月曜から、新学期です。
    新学期までにやっておかないことと言えば、夏休みの宿題。
    わが子も、夏休みの宿題を終わらせることに、躍起になっています。

    最後にあわてるなら、計画的にやっておけばいいのに・・・と思いますが、
    まあ、それも、自分で決めてやっていくことなので、
    外野からとやかく言うことはしていません。
    8月中旬に家族旅行に行きましたが、そのとき、わが子は一応は宿題を持って行っていました。
    やらんけど。大笑い
    #持って行くことに意味がある・・・のか?
    さすがにもう新学期直前なので、やらないわけにもいかないらしく、宿題に付き合ってあげることも、しばしば。
    「パパは教えるのが上手だから、家庭教師が向いている」と、ほめてもらいました。
    #転職しようかな。
    さて、そんな「夏休みの宿題」ですが、テレビのニュースで、
    「今、夏休みの宿題を減らしたり、なくしたりしている学校が増えています」
    と報じられていました。

    【気になる!】夏休みの宿題…「出していない」学校も?
    (日テレNEWS、2023年8月14日放送「news every.」より)
    でも、そのことをFacebookなどでつぶやいたら、
    「全然減っていない。すごい量だ」
    というコメントが相次ぎました。しょんぼり
    「宿題自由化」の波は、まだ僕たちの地域には来ていないのか?
    「夏休みの宿題」と一言で言っても、大きく2つに分けられると思います。
    「ドリルやワーク」といった、1学期の学習を復習し、忘れないようにするためのもの。
    そして、「作品を仕上げる」というものです。
    習字や絵、読書感想文、自由研究などですね。
    このうち、習字や絵の作品提出については、各団体から依頼があるのでやっているという側面もあるようです。
    これについて参考になると思えるネット記事があったので、紹介します。
    【具体策11】夏休みの宿題と作品応募のあり方を見直す
     (能澤英樹先生のブログ「学校の働き方改革『10の提言と50の具体策』」内、 2019/07/28 )
    文科省は、作品応募は「学校を経由しない方法」で行われるのがベストだと言っているようですが、僕は知りませんでした。
    そうだったんだ!
    ​学校の先生は、知っておくといいですね!ぽっ
    僕の同期の先生からも、次のような情報もいただきました。
    岐阜市立岐阜小学校の取組です。
    こちらは、夏休みの宿題に限らず、普段の宿題を全面的に見直されたようです。
    ▼​背景に長時間労働…教師の働き方改革で『宿題廃止』の小学校 切り替えた“家庭学習”が子供にもプラスの効果
     (ヤフーニュース、2023/8/19)
    普段の宿題のマルつけに追われる学校の先生が、子どもたちと休み時間にもしっかりと向き合えるようになったのは大きいかな、と思います。
    ▼​岐阜小学校の「家庭学習」
     (岐阜小学校公式サイト)
    保護者に配られている説明文書がそのままネットで公開されていて誰でも見られるので、とても参考になります。ぽっ
    今まで宿題だった家庭学習の内容は、基本的に家庭に委ねられているようです。
    ただ、学校としては「​やる気ペン​」の使用を推奨しているとのこと。
    「やる気ペン」で実際に子どもたちはやる気になったのか、気になるところです。
    個人的には、こういう「ドラえもんのひみつ道具」みたいなものは、大好きです。大笑い
    のび太くんもこれを使うと、やる気になるのかな?

    コクヨ しゅくだいやる気ペン【iOS・Android 両対応モデル】
    「宿題」は学校教育における、古くて新しい、重要なトピックです。
    前例踏襲の思考停止にならないよう、「宿題」のあり方については、常に考え続けておきたいと思います。
    勤務校の研究推進担当者は「けテぶれ」に注目しているみたいです。
    「けテぶれ」サイクルは、なかなかよくできた仕組みだと思っています。​

    『「けテぶれ」宿題革命! 』
    [ 葛原 祥太 ]

    ​​
    『マンガでわかる けテぶれ学習法』
    [ 葛原 祥太 ]

    #「けテぶれ」とは何か知りたければ、上の青い本の一番上を目を皿のようにしてみて下さい。


    夏休みの読書感想文の指導
     (2023/07/24の日記)​
    工藤勇一『学校の「当たり前」をやめた。』
     (2021/07/06の日記)

  • 「学校統廃合」「複式学級」「小規模教育の良さ」についての学習会

    ​​​
    さて、今日は6月に地元であった、地域の学習会のことを書きます。
    ずっと書きたかったのですが、寝かせすぎて、2ヶ月以上経ちました。
    #寝かせすぎ。
    6月18日にあった、地域の人向けの学習会。
    テーマは、「学校統廃合」「複式学級」「小規模教育の良さ」でした。
    僕は、通級の巡回指導で複式学級のある小規模校も回っていました。
    小規模校の良さは、肌で感じるところがあります。
    複式学級の良さも、同様です。
    最近は「学校統廃合」の話ばかりで、「ちっちゃい学校は、あかん」と言われているみたいで、ちょっといやな気持ちでした。
    そこで、この学習会に参加して、「統合推進」以外の話を、しっかり聞こうと思ったのでした。
    講師は、京都橘大学教授の、藤岡秀樹さん。
    いろいろなところで講演をされているようです。スマイル
    藤岡さんのお話は、いろいろな小規模校の具体的事例が豊富でした。
    具体的な話を聞けば聞くほど、僕が実際に見てきた学校現場と共通するものがあり、うなずけるものがありました。
    たとえば、「規模が大きいほど、学級崩壊が起きやすい」という話。
    大規模校で、たとえば6年1組で学級崩壊が起こると、他のクラスにも伝染していく、という、生々しい話もありました。
    これは、確率の比較の問題で、あくまでも傾向としてそういうことがあると言えるだけですが、その傾向は、たしかに僕も、あると感じます。
    日本の学校は学級担任1人で見なきゃいけないクラスの人数が、諸外国に比べて多いです。
    なので、そもそも、クラスの人数がいっぱいいると、細かく丁寧に見きれないということがあります。
    一人ひとりに真摯に向き合い、子ども一人ひとりのことを考えた教育をしようとすると、「少人数教育」のほうに、どうしても軍配が上がります。
    国も、それを認めて、40人学級から35人学級に定員を減らす、ということを言い出しましたが、35人というのは、それでも、諸外国に比べて、多いです。
    僕の実感としては、「16人」が一番理想的だなあ、と感じています。
    1クラス16人の教室をいろいろ見てきましたが、何をするにしても、ちょうどいいクラスサイズだと感じました。
    まあ、いろいろあって、いいんですけど。
    あくまでも、僕の個人的な、印象です。
    藤岡先生は、「教室を2人の先生で教えるティームティーチングをすることで、学級崩壊については、改善する」と言われていました。
    日本の教育は長らく「担任1人」に任せきりになっていましたが、「2人体制」によって多くの問題が解決すると思われます。
    小規模校のよさとして、これも確率の比較の問題ではありますが、
    不登校が少ない」ということも挙げられました。
    大規模集団だと息苦しいという子もいるので、小規模校でのびのび過ごすのは、感覚的には、ぼくは個人的に大賛成です。
    僕自身、大規模集団が苦手なので・・・。
    教室の中にめいっぱいに40人の机とイスが並んでいるのは、あまりにも余裕がない、と感じます。しょんぼり
    藤岡さんは、小規模校のほうが、「児童生徒の自治能力が高まる」ということも、言われていました。
    事例として、ある小規模の高校の生徒が、卒業式の答辞で言った言葉が、紹介されました。
    少人数だからこそ、生徒が主体的になれた」というものでした。
    僕も実際に大規模校と小規模校の両方を巡回していた経験から、
    「比べてみると、たしかにその傾向がある」と感じています。
    僕が巡回で見てきたのは小学校だったので、小学校の話をします。
    たとえば、6年生が4人とかだと、その4人は学校のリーダーシップをとらなければ、しゃあないわけです。
    集団の影に隠れてこそこそおとなしく過ごすということは、できそうにありません。
    それがいい場合もあれば、逆に働くこともありそうですが。
    リーダーシップをとるというと大げさですが、ずっと一緒に過ごしてきた子ども集団の中で、ちっちゃい子のことも考えて行動する、というだけのことです。
    知らない子たちの前で話をするのを強制されるといった種類のことではありません。
    学校全体がひとつの家族のようで、気心が知れている、というのは、かなり大きいです。
    子どもたちの結びつきが強いので、教師がいなくても、子どもたちでいろいろ考えてやっていく、ということが、かなりできやすいように感じます。
    「主体性」というのは、ほんとうに大事で、社会に出て生きて働く力の中心は、その一言に尽きるのではないか、と僕は思っています。
    「人とのかかわりの中で主体性を発揮する」ということさえ学べれば、学校はその意義を達成する、とさえ、思っています。
    学習会では、藤岡さんのお話以外にも、地域住民の生の声がたくさん聞けたのが、うれしかったです。
    地域住民からの質問や意見が相次ぎ、終了予定時刻になっても、終わりませんでした。
    学校統廃合についての行政の説明会でも、同様の傾向があるようです。
    やはり、学校は地域のものですから、地域の声を聞かなければなりません。
    「小規模教育の良さ」がテーマではありましたが、地域で実際に小規模校で育ってこられた方の、生の話を聞くと、「良いことばかりでもない」というのも、また、明らかでした。
    「小中9年間同じメンバーだった。
     いじめはないように見えても、あった。
     部活は、卓球とバスケのみ」
    というお話は、なかなか衝撃的でした。びっくり
    実際にその中で育ってこられた方の話は、重みがあります。
    もちろん、「小規模校で育ってきて、よかった」というものも、ありましたよ。ぽっ
    そんな中、会場からは、
    「いろいろな学校があっていい」
    という意見も出されるように、なりました。
    そのとおりです。
    僕も、一律に学校統廃合に反対しているわけではありません。
    「大規模校も、小規模校も、ある」というのが今の現状ですが、これがいい、と思っています。
    だから、「統合、統合、また統合」というような風潮には、強い違和感を覚えています。
    僕は小学校教諭なので中学校のことはよく分かりませんが、
    統合を求める理由は中学校のほうが深刻のようです。
    「統合しないと、教科を教える先生がいない」という理由が大きいようです。
    中学校は教科担任制なので、大きな学校にして先生の数を多く確保しないと、教科によっては教えられない先生が出てくるらしいのです。
    ただ、これについては「子どもの話」とは別の、大人の都合の話なので、僕は「それが主たる理由となって、統合するというのは、おかしいんじゃないかな」と思っています。
    藤岡さんは京都の大学の先生ですが、今、京都でも学校統廃合が進んでいて、日本の小学校の先駆けである「番組小学校」も、統廃合の流れの中で消えていこうとしているそうです。
    学校統廃合の問題は、地域の歴史を、今後どのようにつないでいきたいかを考えることでもあります。
    一面的な理解によらず、多面的なものの見方で、当事者主体の議論をしていくべきだと思います。
    ​​​

    「大切なことは、なにか」 ~『イタリアのフルインクルーシブ教育』などから
     (2023/08/13の日記)​
    「ミュージカルのような授業」 ~マンガ家矢口高雄さんの体験より
     (2014/03/29の日記)
    地域に暮らすうえで大切なのは、挨拶(と●●●●)~『コミュニティデザインの時代』
     (2021/01/26の日記)​
    自然の恵みツアー! 兵庫県丹波市春日町
     (2014/02/02の日記)

  • 今の大学受験はもはやペーパーテスト重視ではない! ~『探究の達人』その1


    昨日のブログ記事
    ​で、


    ・自力で読み・書き・計算をしなければならない必然性は、機械の進化により、どんどん減ってきています。


    といったことを書きました。
    「学校ではいまだに個人に読み・書き・計算の力をつけようとしているが、それってどうなの?」という問題提起をおこなったつもりです。ぽっ
    ただ、そういうことを言うと、昔から
    「そうは言っても、大学受験がペーパーテストだから」
    という反論が、根強くあります。号泣
    僕が高校生だったウン十年前に、僕は「高校の授業はまるで大学受験のためにあるみたいだ」と思いました。
    それがそもそもおかしいような気がしますが・・・。しょんぼり
    今でも、結局、「受験で読み・書き・計算が要求されるなら、子どもたちに読み・書き・計算をさせなければならない」という理屈は、強くあるようです。
    ただ、大学受験も、変わっていっているようです。
    ここからは、次の本の中に書かれていた内容を、参照していきます。

    『探究の達人 子どもが夢中になって学ぶ! 「探究心」の育て方』
    (神田 昌典・学修デザイナー協会、実業之日本社、2023/3、税別1500円)
    以下は、上の本の「あとがき」で、書かれていたことです。


    ​​・「総合型選抜」は、各大学が求める学生像に合った受験生を、それぞれ工夫した方法で選抜します。​​
    ​ 「学校推薦型選抜」は、出身高校の推薦基準を満たした受験生を、面接や小論文で選抜します。​
    ​ 「一般選抜」は、ペーパーテストを中心とした試験で選抜します。​
    ​・2022年に全国の大学に入学した新入生のうち、半数以上が「総合型選抜」と「学校推薦型選抜」で受験して入学したと報じられました。
     この動きは今後も加速していくことが予想されます。​

    (p210)


    一般的なペーパーテストで入学した人が半数以下だなんて、驚きです。びっくり
    「ほんとかな?」と思ったので、調べてみましたが、下のサイトには比率の数字なども詳しく載っていたので、本当のようです。
    ▼​大学受験は「総合型選抜(旧AO入試)」重視の流れに。東大生が考察
     (Yahooニュース、2023/8/27記事)
    #記事の後半は、早めの対策で勝者になろうといった書きぶりなので好きではありませんが・・・
    知りませんでしたが、これが、今の大学受験の実情のようです。
    上の本自体は、「探究学習」についての、最新に近い本です。
    僕は、高校の学習指導要領が改訂されたことは知っていましたが、
    総合的な探究の時間」という教科が新設されたことは、この本で初めて知りました。
    2022年度からの新設なので、できたてほやほやです。
    小中学校における「総合的な学習の時間」の発展形なのだそうです。
    日本の教育が、結果よりもプロセスを重視し始めていることが、うかがえます。
    上掲書「あとがき」の続きのページでは、外国の受験の最新の変化についても、書かれています。


    ・アメリカの共通テストSATは、2021年に、英語、数学、科学、歴史、外国語の5教科20科目からなるSAT Subject Testsを廃止し、英語と数学のみとしました。

     2021年には、アメリカの名門大のひとつであるカリフォルニア大学がSAT等の共通テストを実施しないと発表しました。

     これからは、ペーパーテストが得意とする「知識量」や「正確な思考」の評価が大学入試から離れていく傾向にあり、「これまで何を経験したか」「これから何をしたいのか」など個人の経験と考えに対する評価が重視されることでしょう。
    (p211より)


    これまた、「ほんとかな?」と思ったので、検索して見たところ、ハーバード大学の記事がヒットしました。
    #疑い深い(;^ω^)
    ▼​ハーバードにペーパーテストはない 求められるのは「人とつながる力」
     (朝日新聞GLOBE+、2016/3/6公開、2018/12/17更新)
    大学受験は、変わろうとしています。
    この波が、小中学校までおりてくれば、「ペーパーテスト重視」というのは、本当に古くて意味のないものに、変わってきそうです。
    僕は大学受験や高校の学習については詳しくないので、補足意見等、詳しい方からいただけたら、助かります。
    ぜひ、コメントをお寄せください。
    僕の認識違いや誤解している部分がもしあれば、ぜひ教えてください。
    よろしくお願いいたします。ぽっ
    なお、「探究」というのは今後のキーワードになりそうなので、この本の読書メモは、次回も続けたいと思います。
    では!

    eラーニング教員免許更新講習で、初めてテストを受けました。
     (2019/06/30の日記)​​​​​
    2021兵庫県公立高校入試問題速報
     (2021/03/13の日記)​​​​​
    子どもと一緒に勉強する、という大人の姿勢 ~『下剋上受験』
     (2014/08/17の日記)

  • 学校現場への「人材募集」について

    夏休みが終わり、多忙な日々がまた始まりました。
    新学期初日、僕は全クラスの様子を見に、各クラスを巡回させてもらいました。スマイル
    自分の担当としては通級指導担当ですが、
    「通級の部屋にこもらずに、子どもたちのところへ行くようにする」
    「通級対象のお子さんだけでなく、すべての子にかかわる」
    というポリシーでやっております。大笑い
    通級対象のお子さんだけだと、新学期初日は、顔を見て挨拶して夏休みの話題を少し聞いて終わるのですが、すべてのお子さんにかかわるとなると、これが一気に、いろいろとあります。
    新学期初日は実質3時間しかなかったのですが、嘔吐する子、鼻血を出す子などの対応をしました。
    #周りの子がすぐに気付いて教えてくれました。
    #僕1人では何もできないので、他の方と協力しました。

    夏休みの過ごし方を聞いても「家にいた」という子が多かったので、学校がいきなり始まって、体調面でもギャップを感じやすかったようです。しょんぼり
    こんなふうに、学習指導だけでなく、生活面での対応・フォローが必要ということもあり、学校現場はやはり忙しい、という印象です。
    子どもたちと一緒に過ごせるのはとても元気をもらえるので、やりがいもすごくある仕事なのですが。
    学校でも家庭でも、大人に余裕がないと、子どもたちの安心・安全につながりません。
    余裕を生むためにも、人手不足と言われている教育現場に、人材を募集するというのは、必要なことかと思っています。
    実は、忙しかった初日が終わった翌日、
    新聞の折り込みチラシを見ていたら、近所のスーパーのチラシに、大きく「人材募集」が載っていました。

    それを見て、僕は、
    「学校もこれだけ人手不足なんだったら、
     こんなふうに大々的に地域に人材募集を呼び掛けてもいいのかも」
    と思いました。
    学校で働きたいという人は、潜在的にはかなりたくさんいると思います。
    今はどうやら職安での募集もしていないようですし。。。しょんぼり
    #職安のサイトで勤務市で絞り込んで調べてみました。
    #こども園や学童の補助員・支援員は募集していました。
    ▼ハローワークインターネットサービス求人情報検索・一覧

    「インクルーシブ教育」(多様な子が同じ場で共に学ぶ教育)を今の日本の学校でやろうと思ったら、「35~40人の子どもを、担任1人でみる」という制度をなんとかしないといけません。
    サポーターとして働いていただける地域の方をもっと学校の中に入れていってもいいのではないかなあと思うのですが、どうなのでしょうか。
    「学校の先生以外の大人」にたくさん出会うのも、子どもたちにとって、いい刺激になると思います。ぽっ
    ネットで調べたら、京都市は、そういうことを、やっているようでした。
    ↓京都市の募集案内チラシ
    ▼​校務支援員の募集案内(チラシ)
    「きょうと教組」によると、「まなび支援員」というのもあるようです。
    会計年度任用職員一覧表
    理想的には、すべての教室を担任任せにせずに、他の教員が副担任としてかかわるか、教員不足で叶わないならば、せめて支援員をつけて、多様な子の対応ができるようにすべきかと思っています。
    #夏休みにこども園見学に4園行きましたが、子ども園はどこもそうなっていました。
    #今も、すべての教室ではないですが「通常学級付きの特別支援教育支援員」さんがおられる教室はあって、そういう教室ではとても助かっています。

    ただ、その際には、たとえその教室に手のかかるAさんがいたとしても、「Aさんだけに関わる」というのは、Aさんと周りの子との関係性を切ってしまいます。
    子ども同士のつながりを切らないように、「教室全体につく支援者」というのが理想です。
    #そのほうが、たぶん、担任も助かります。
    #いろんなことを頼めるので。

    あなたは、どう思われますか?
    また、あなたの地域で、もしこういった取組をされているようでしたら、ぜひ、教えてください!大笑い

  • 「常に気をつけていないと、この落とし穴にはまる」 ~鴻上尚史『ロンドン・デイズ』その3

    鴻上尚史さんの『ロンドン・デイズ』の読書メモを書いています。

    ロンドン・デイズ』[ 鴻上尚史 ]
    【リンクは電子書籍版】
    本日が、第3回。
    ↓過去記事は、こちら。
    ▼その1 言葉の勉強は、7割が聞くことだ。
    ▼その2 くだらないことを思いっきりやることがおもしろい!
    今日は、「先生」と呼ばれる立場にある人が、
    共通してはまりそうになる「落とし穴」についてです。
    本書はロンドンの学校への留学記ですので、実際の授業のことがいっぱい書かれています。
    その中には、当然、「先生」のことも出てきます。
    ユニークなレッスンをする「先生」がたくさん登場します。
    ただ、鴻上尚史さんが「先生」のことを書かれている記述の中で、「これは、僕たちも、気をつけておかないといけないな」と思ったことがありました。
    今回はそのことを書きます。
    「アン」という先生について、書かれた部分です。
    4章の途中、p207から、「みんな泣き出すアンの授業」という話が始まります。
    「演技練習」の授業の中で、アンという先生は、授業の中で感情を出すように生徒たちに促します。
    自分の感情を語るレッスンです。
    #チェッキング・インというそうです。
    たしかに、感情を出すことは、大切です。
    ただ、その授業は、「なんだか、泣きながら自分の苦しいことを言わないといけないような雰囲気」だったそうです。(p208)
    あくまでも、鴻上さんの捉え方ですが。
    たくさんの生徒が、順に、悩みや苦しみを正直に吐露し、大泣きしました。
    それについて、鴻上さんは冷静にこう書いています。


    ​​​・アンは、生徒が自分の前で涙を流すことが、快感なんじゃないかと、僕は感じていた。
     生徒が、自分の言葉によって、泣き、救われるという快感。
     僕は演出家として、そこに、アンの歪んだ欲望を感じたのだ。
     そして、それは、演出家として、一番、戒めないといけないことだと僕は思っていた。
     古今東西の権力者が語る権力の最高の快感は人間を操縦することだ。
    演出家は、常に気をつけていないと、この落とし穴にはまるのだ。​​​

    (同書p144より)


    演出家として長年第一線でやってこられたからこその、洞察だと思いました。
    人間というものの、危うさ。
    権力者と呼ばれることが少しでもある立場にある者は、このことに自覚的にならなければならないと思いました。
    ここで重要なのは、生徒が感情をあらわにし、自分の悩みを語って、みんなでシェアすること自体が、問題なのではないということです。
    それは、もしかしたら、よいことなのかもしれません。
    でも、それが「先生」によって、恣意的に行われることの危うさを、鴻上さんはおっしゃっているのだと思います。
    そして、力量があって、生徒がその先生のことを尊敬し、信頼している場合であればあるほど、こういったことは、起こりやすいのです。
    カリスマ教師ほど、起こりやすいのです。
    生徒が「言うことを聞く」ということに、酔ってしまうのです。
    僕は力量がない「先生」なので、こういうことはあまりないですが、
    「カリスマ教師」に憧れたことは、何度もあります。
    ただ、それは、鴻上さんが言うところの人間を操縦したいという欲望から来ていたものなのかもしれません。
    僕は、「リーダーシップ」というものの、裏を垣間見たような気がしました。
    決して、リーダーシップそれ自体を否定するものではありませんが、そういった危険性があるということです。
    あなたは、どう思われますか?

    「学ぶのは子どもだし。『わからない』ことは重要」 ~工藤勇一×鴻上尚史『学校ってなんだ! 日本の教育はなぜ息苦しいのか』その3
     (2019/08/30の日記)
    コロナ禍の中こそ、自宅で演劇鑑賞!「観劇三昧」
     (2023/09/17の日記)

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