
Wordでしょっちゅうあるちょっとした困りごと。
今から、叫びます。
空白のページが2ページ目に勝手にできる!
そのページを消しても、消えない!
印刷すると、空白のページも印刷されて、紙のムダになる!![]()
この現象、どうやら、表を使った後、その次のページで空白のページができるというもののようです。
Wordへの表の挿入って、便利なので、わりと使うんですよね。
でも、続きのページが勝手にできて、それはいらないのに消せないので、毎回イライラしていました。![]()
この、積年の悩みが、今日ついに解決したので、書いておきます。
↓こちらのサイト様の説明の、最後のやり方で、消えました!![]()
▼Word(ワード)の空白ページを削除する方法! 複数ページや文書末の削除方法も解説
(All Aboutデジタル内記事、2023年10月06日更新)
なんでも、やり方があるものですね。
ただ、段落記号を「隠し文字」にして、さらに「編集記号の非表示」をしないといけないなんて、わりと面倒な作業です。![]()
Wordのバージョンアップで最初からこの現象が起きないようにしてくれるといいなー。
今、運動会の曲を編集するかたわら、「指導案」なるものも書いています。
なかなか進みませんが、とりあえず、ちょっと進んだ気がするので、今日はここまでにします。![]()
#ぼちぼちいこうぜ
![]()
▼Word文書でルビ付き漢字の読み上げをさせる方法
(2021/09/02の日記)
▼『パソコンの(超)便利技ランキング』
(2007/10/10の日記)
投稿者: にかとま
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Wordの消えない空白ページを消す方法が分かった!!!
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「習熟度別指導」は差別の教育 ~佐藤学『学力を問い直す』
少し古いブックレットですが、推薦されていたので読んでみました。

『学力を問い直す 学びのカリキュラムへ 』(岩波ブックレット 548)
(佐藤 学、2001、岩波書店、税別480円)
前半は少し僕の考えとは違うな、というものもあったのですが、後半になるにつれ、古くて新しい主張に、ひきこまれました。
読んでよかったです。
少し前に読んだ本に書いてあった「学力とは幻想である」という主張が、22年前のこの本ですでにされていたことに驚きました。
佐藤学さんは、学力を「貨幣」に喩えられていました。
・学力が「貨幣」であることは、いずれも観念によって抽象化された想像の産物であり、経済社会の状況に応じて、実質以上の価値を持つこともあれば、実質を伴わないと貨幣が紙くず同然になるのと同様に、無価値になってしまう危険があることを意味しています。
(p30より)
本書では、「基礎学力の徹底」は、すでにアメリカで失敗に終わっている、ということも報告されています。
アメリカでそういった運動があったとは、知りませんでした。
1980年代初頭のことだそうです。
アメリカなので、英語で言いますと、「back to basics(基礎に帰れ)」という運動だったそうです。
運動の失敗の要因として、佐藤学さんは「基礎的な知識や技能であればあるほど、反復練習のドリルによる習得ではなく、経験を通して機能的に習得されることを認識していなかった」(p42)などの要因を挙げておられます。
また、本書第5章には、習熟度別指導や少人数指導について、書かれています。
その冒頭で、次のようなことがはっきりと書かれてあり、これにも、驚きました。
・1960年代から1970年代のイギリスの小学校における「能力別編成」の廃止の歴史が示すように、「習熟度別指導」は公立学校が立脚すべき民主主義に反する差別の教育
(p49より)
昨年、国連が日本の「特別支援教育」について、「能力で分けるのは差別の教育」と批判したのは記憶に新しいところですが、すでに50年以上前に、「能力で分ける」ことの是非に決着がついていたとは、知りませんでした。
国連の勧告では障害の「社会モデル」を1歩進めた「人権モデル」がもとになっています。
「人権モデル」は最新の考え方なのかと思っていましたが、知らなかったのは僕だけで、全然最新の考え方でもなんでもなかったみたいです。
日本ではまだまだ「能力で分ける教育」を志向する風潮がありますが、世界ではとっくに差別的な教育として廃止されていたということを知りました。
佐藤学さんの本書では「世界の学校ではすでに20年前に克服されています。」(p51)と書かれています。
本書は22年前のものですから、現在の時点から数えれば「世界の学校ではすでに42年前に克服されている」ということになります。
国連の勧告はこういった状況をふまえてのものなのですね。
日本だけを見ていると、「障害があって通常学級の勉強について来れないものは別の教室で学ぶ」とか、「能力に応じたクラスで学ぶ」といったことがいかにも正当化されて聞こえるのですが、当事者の人権を起点にして考えると、「能力差を包摂した場」ですべての人が尊重されることが大切なのだと思いました。
なお、「能力別編成」については、それが「学力」を高めるために無意味であるとまでは、本書では書かれていません。もしかすると効果としてはそれなりにあるのかもしれません。しかし、諸外国では「たとえ効果があったとしても、差別的なので、やらない」ということなのだと思います。
それがいかに差別的かは、具体的にイメージすると、分かってきます。
1組と2組があり、1組は学力が優秀な者で構成され、2組は学力に劣る者で構成されているとします。
そうすると、1組の人は、2組をばかにするようになりませんか?
2組の人は、劣等意識を植え付けられませんか?
本書でも書かれていますが、いわゆる昔ながらの「勉強」というものは、そんなに大事なものではありません。古い「勉強」観を脱して、未来の教育を論じる必要性が、今こそ高まっています。

(画像提供:写真AC)

▼「能力という名の信仰」 ~孫泰蔵『冒険の書 AI時代のアンラーニング』その5
(2023/08/21の日記) -
アメリカの支援教育は当事者参画が当たり前! (LD学会広島大会の川合紀宗先生のご講演より)
この3連休はLD学会の広島大会が開催されています。
僕は、現地ではなくオンラインで動画視聴。
仕事がたまっていて広島に行っている状況じゃなかったので、オンライン参加にしておいてよかったです。
#広島は行きたかった。
#広島焼き食べたかった。
講演動画が山ほどあって、びっくりしました。
持ち帰り仕事の目処がついたので昨日から見始めています。
アメリカの支援教育やゲーム障害への対応などについて、詳しい話が聞けました。
#ゲーム障害の子のための体操は自分でやって効果を確かめたよ。
#ゲーム障害の講演を聞いて運動しないとと思って散歩に出かけたよ。
LD学会では国内のことだけでなく、海外の支援教育の実情も、よく報告されています。
特に今回の広島大会では、アメリカのIEP(個別指導計画)に絞って報告された広島大学の川合紀宗(かわいのりむね)先生のご報告が、とりわけ視聴しがいのある内容でした。
「米国のIEPはどのように作成されているのか 経験者は語る」という講演動画です。
インクルーシブ教育に詳しい落合俊郎先生のご紹介を受けて登壇されました。
そういったところからも、インクルーシブ教育につながるお話がきけるかと、期待しながら視聴しました。
「まずは通常級でできることをやってみる」
「勝手に専門家だけで決めてはいけない。IEPミーティングには、保護者・本人も入ることが重要。」
「日本は障害があるかないかの2層で考えがちだが、アメリカは3層で、フォーカスを当てて支援をしている」(RTIの考え方)
「IEPフォームの中にアコモデーションやモディフィケーションの枠は以前はなかったが、追加された」
などのことが、語られました。
日本が参考にすべき点がたくさんあるんじゃないか、と思いました。
お話の中では「アメリカはインクルーシブ教育を重視しているけれど国連の言うとおりにはしたくないので障害者権利条約は批准しない。むしろ国連より先んじたことをやりたい」ということも語られました。
アメリカの人間っぽいところが感じられて、おもしろかったです。
LD学会は会員数が多く、発達障害関係の多岐にわたる最新情報を定期的に入手することができるので、学びたい人にはおすすめです。
今回の大会のオンライン参加のみを今から申し込むこともできます。
気になる方はこのブログ記事の冒頭のリンクから、大会ホームページに行ってみてくださいね。

▼オンラインのLD学会は、参加障壁が低い!(^0^)
(2021/12/08の日記) -
日本と外国の学校の違い! ~キリーロバ・ナージャ『6カ国転校生 ナージャの発見』その1
昨日・おとといと、アメリカやイギリスの教育の話が出てきました。
ブログを見に来て下さっている方は、きっと「外国の教育ってどうなっているのかな?」と気になっていることでしょう。
#きっと、そうでしょう。
そこで今回は、『6カ国転校生』という本に書かれた、諸外国の学校での様子を参照したいと思います。

『6カ国転校生 ナージャの発見』
(キリーロバ・ナージャ、集英社インターナショナル、2022、税別2200円)
本書は、実際に子ども時代に6カ国を転校生として渡り歩き、諸外国の学校に児童生徒として学んでいた筆者の体験談が語られている本です。
非常に具体的に体験を綴っておられるので、臨場感たっぷりで、おすすめの本です。
説明だけでなく、イラストも豊富に掲載されています。
教育に関心がある方なら、ぜひ、読んでほしいと思います。
僕は、良質の絵本を読んだ後に得られるような「気づき」を、この本を読んだ後に得られました。
きっとあなたも、「日本の当たり前」が世界の当たり前ではないことに、気づくと思います。
たとえば、普段の筆記具。
日本では、当たり前に、鉛筆を使っていますよね。
でも、ロシアは、ペンなんです。
ほかにも、ロシアでは朝食が学校で出るとか、驚くべきことが、いっぱい書いてありました。
フランスでは、「多くの人は家族と一緒にお昼を食べるために家に帰る」んだそうです。
「親も同じように長めの昼休みがあって家に帰って食べる人が多い」のだとか。(p52)
それぞれの国民性が表れていて、おもしろいなあと思いました。
一方で、前回・前々回と同じく、「これでいいのか、日本!?」と思えるエピソードもありました。
この本自体は基本的に、それぞれの国のやり方は違っているけれど、それはそれでいい、といった書きぶりで書かれています。
ただ、僕には、次のエピソードなどは、かなり気になりました。
・わたしは、12歳からベジタリアンになったのだが、そうすると日本の給食で食べられるものはほとんどない。サラダにもハムが入っていたりするし、スープには肉系のエキスが、ごはんは鶏の炊き込みだったりする。そうすると、わたしが口にできるのは牛乳だけ。ほぼ1年間、多くの日、牛乳だけを飲むことが続いた。
(p56より)
日本に来たら昼食に食べられるものがほとんどなくて、牛乳だけ飲んでそれで給食時間は終わりということが1年間続いたとは・・・
「それでいいのか、日本!?」
と思いました。
ただ、筆者は今ではもうずいぶん大人になっています。
この本は自らの子ども時代の各国での学校での生活を、大人になってから思い起こして書かれたもの。
なので、今の話ではなく、過去の話なのです。
だから、今ではずいぶん違ってきていることも、あると思います。
上に出てきたような日本の給食のエピソードも、今ではアレルギー対応などが進んできたこともあり、かなり個別の事情に対応した給食の提供がされるようになったのではないかな、と思います。
#アレルギーの子は増えているような気がする。
#食べられない食材を除去した給食が個別に提供されることが増えてきていると思う。
本書では、単純なモノや環境のちがいだけでなく、それぞれの国の教育で重視していることもかなりうかがえました。
それが、とてもおもしろかったです。
たとえば、次のようなことが書かれていました。
・イギリス → 「ここは個人戦ではないんだ」(p37)
・フランス → 「意見を述べないとここにいる意味がなくなる」(p37)
・アメリカ → 「目的に応じて座り方を変える」(p39)
「能力に応じて問題を変えることができる」(p39)
「整列するという概念などなかった」(p44)
「ここではカラダを動かすことを楽しむのが体育の目的」(p45)
本書は非常に興味深い内容が多く書かれている本なので、また次回も、続きを参照したいと思います。
今日のブログは、p57までを読み返しながら書いたので、次回はp58以降を読み返していきます。
興味がある方は、また次回も、見に来てくださいね。

▼「個別の指導計画」はどうあるべきか?~イタリアやカナダのインクルーシブ教育をふまえて~
(2023/08/14の日記)
▼フィンランドのインクルーシブ教育 ~矢田明恵「フィンランドにおける学習困難への対応」
(2023/08/15の日記)
▼細貝駿『小学校教師を辞めて、世界の学校を回ってみた』
(2021/08/16の日記) -
日本と外国の学校の勉強の違い! ~キリーロバ・ナージャ『6カ国転校生 ナージャの発見』その2
昨日の続きです。
『6カ国転校生』という本に書かれた、諸外国の学校での様子を参照していきます。

『6カ国転校生 ナージャの発見』
(キリーロバ・ナージャ、集英社インターナショナル、2022、税別2200円)
今回は、さらに思いっきり、学習面の評価に関するところに、切り込んでいきます。
まず、p58に、いろいろな国での数字の書き方が書かれています。
同じように見えても、微妙に、数字の書き方が違います。
日本では、他国の数字の書き方が認められず、バツになったそうです。
このあたりにも、日本の「みんなと同じでないと、ダメ!」という画一主義的・形式主義的なところがうかがえます。
ブログだと数字の書き方の違いを説明しづらいので、ここについては、ぜひ本書を読んで確認してもらえればと思います。
この第1章の「数字」の項は、読み物としても大変おもしろく、また、考えさせられるものです。
ここのところだけを教材として使って、子どもたちと一緒にこれをテキストに「数字の書き方」について考えてみるのも、おもしろいかもしれません。
おっと、なんと検索していたら本書の元になったと思われるWeb上の記事が見つかりました。
せっかくなので、リンクをはっておきます。
「数字」に関するエピソードはぜひ読んでほしかったので、ちょうどよかったです。
▼日本の学校では、数字の書き方も個性より形だった。
(キリーロバ・ナージャ、「電通報」2016/5/19記事)
本書では「数字」に続いて、「テスト」についての各国の違いも、詳細にリポートされています。
「テストはこうでないといけない」という思い込みも、いろいろな国のテストのやり方を知ることで、解消されていくかもしれません。
1つだけ、アメリカのテストの例だけ、すごく印象に残って「いいな」と思えたので、引用させていただきます。
・出し方もさりげないし、用紙も構えた感じではなくテスト感をあまり感じない。
何度もやり直せたし、「できない」「わからない」という感覚もあまりなかった。みんな最後はできる、正解にたどり着ける。なんだかとても不思議だった。 「これはテストだよね?」と毎回疑ってしまうほどだ。
(p68より)
具体的にどんなテストなのか、ぜひ見てみたいと思いました。
日本のテストの問題点として僕がなんとかしたいとおもっているのは、「できない」「わからない」と感じさせてしまう点です。
それをどうやって解消しているのか?
好奇心はつきません。
ちなみに、「テスト」の次には「満点」に関して書かれています。
満点も、日本では「百点満点」をめざしてテストを受けるけれど、これも、国によってちがうんですねー。
ほんとに、日本だけしか知らないなんて、井の中の蛙もいいとこだ~。
「満点」の項の最後に著者は「採点システムを柔軟に変えていくことで、どんどん子どもたちのやる気を引き出していけるかもしれない。」(p73)と書かれています。
本当に重要なヒントをいただいた気分です。
世界各国のいろいろなエッセンスを取り入れて、子どもたちの自信ややる気につなげていけるといいですね。
本書の内容は大きく2つの章に分かれています。
ここまで見てきたところは、すべて第1章「ナージャの6カ国転校ツアー」の内容。
次回は、第1章の最後のほうで出てくる「夏休みは?」というテーマについて、参照したいと思います。
(P99以降)
これもまた、「休み」について、非常に考えさせられる内容でした。
興味がある方は、また次回も、見に来てくださいね。
第3回につづく!

▼工藤勇一『学校の「当たり前」をやめた。』
(2021/07/06の日記)
▼わり算の筆算で手書き数字が雑で読み違えてしまう子のためのエクセル筆算シート
(2021/12/22の日記)
▼細貝駿『小学校教師を辞めて、世界の学校を回ってみた』
(2021/08/16の日記)