投稿者: にかとま

  • 「Moises」楽曲のボーカルだけでなくドラムなどの楽器音も分離して個別に再生!

    教育音楽」9月号を今更ながら買って読んでいました。

    「教育音楽 小学版」 2023年 9月号 [雑誌]
    この中に、「授業で使えるおすすめWebアプリ2023」という特集がありました。
    たくさんのアプリが紹介されていたのですが、その中でも、「これは、めちゃめちゃスゲー!!!」と思えるWebアプリがあったので紹介します。
    (今回のアプリの紹介ページは同書p39)
    Apple Music​Apple Sing​という機能を発表した時以来の衝撃です。びっくり
    Apple Sing」については、以前、このブログでも、書きました。
    #▼iPhoneがカラオケになった日。やっぱりAppleはスゴかった!
    「原曲再生」時にボーカルだけ消せるオドロキの機能です。
    プロが歌っている伴奏がそのままカラオケになるのです。
    これはまさに、カラオケ業界の革命でした。
    #アルバイト時代、カラオケ業界でちょっとだけ働いていたよ。
    Apple Singはボーカルと伴奏を分離し、それぞれを独立させてボリューム調整することができます。
    ボーカルを完全に消さずに、半分の音量にして、ガイドメロディのようにすることもできるわけです。
    単純なボーカルカット機能とは違い、ぜいたくな機能です。
    こういった機能を、ボーカル、ドラムス、ベース、その他という4パートでやってしまえるのが、今回紹介する「Moises」です。
    「どんだけ~!!」って、感じです。びっくり
    言葉だけじゃわからないので、とりあえず、画面写真を載せておきます。

    パソコンの中にあった適当な音楽ファイルを取り込ませた画面です。
    曲によっては、各パートをうまく分離して認識できない場合も、当然あります。
    #無料なので、文句は言えません。

    ただ、使ってみた感じ、認識精度はかなり高いと感じました。
    有料課金もできるのですが、無料でも十分使えるクオリティです。
    音楽系Webアプリは、ほんとうに、いろいろと充実していますね。
    音楽が好きな方は、このアプリ、一度試してみるといいのではないでしょうか。
    こういうアプリを使うことで、自分が演奏する楽器のボリュームだけを落として、自分がそのバンドに参加したみたいにして一緒に演奏することが可能になります。
    いわゆるマイナスワン演奏です。
    夢のようです!!
    僕は楽器は弾けないのですが、弾ける方は、ぜひ、どうぞ。大笑い
    ▼Moises – The Musician’s App | Remove vocals and instruments from any song
    https://studio.moises.ai/library/
    ↓僕はパソコン上で使ってみたのですが、スマホでも使えます。
     以下の動画で、専門学校の先生が実演付きで紹介してくださっています。
     ブログだと音が聴けないので、ぜひこちらの動画もチェックしてみてください。

    【iOS&Android両対応!】マイナスワン音源を簡単に作成できる神スマホアプリ「Moises」を紹介!
    (Moyashi先生のリズム攻略室、2022/02/04)
    上の動画では、YouTubeのリンクを貼り付けることでその楽曲を使用するやり方も紹介されていますが、現在はその機能は使えなくなっているようです。その点だけ、ご注意ください。

    このアプリ、トラック分離以外にも、いろいろと補助的な機能が豊富にあります。
    僕のオリジナル曲「ねこだいすき」を読み込ませてみたら、「セクション解析」というやつで、いわゆる「Aメロ」「Bメロ」の各セクションが正しく認識され、驚きました。
    これにより、各セクションごとの再生が可能になり、練習の時に重宝しそうです。

    歌詞抽出機能もあるのですが、そちらは日本語の精度はやはりいまいちでした。
    歌詞に関する機能は、英語の曲だと、案外いけるかもしれません。
    コード解析もあるし、まさに「なんでもアリ」のアプリです。
    久しぶりに興奮しました。大笑い


    iPhoneがカラオケになった日。やっぱりAppleはスゴかった!
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     (2023/06/26の日記)

  • 「ICT×音楽×インクルーシブ教育」のお話を聞きました!

    年始のあいさつ​にICT×音楽×インクルーシブ教育のコラボレーションをばっちり決めたい」という本年の抱負を書きました。

    そうすると、思いかげなく同じテーマで実践をされている方のお話を聞くことができました。
    同じ志をもった方とお出会いすることができて、うれしかったです。スマイル
    音楽教育の研修会の講師として、新年早々、大阪から僕の勤務市まで、わざわざ来ていただきました。
    最初に「障害とは?」というお話をされ、「バリアフルカフェ」の映像を見せていただきました。
    障害の社会モデルの話を大変分かりやすく伝えていただき、感激しました。

    上の映像とは違うのですが、バリアフルカフェについては、僕も合理的配慮をテーマにしたNHKの番組の中ですでに視聴していました。
    (→過去記事▼NHK「合理的配慮」特集が記事に! 『「合理的配慮」がよく分かる 考え方と具体例​』など
    ▼​「合理的配慮」後編① ~てれび戦士が合理的配慮の大切さを体験取材~
     (NHK for School)
    研修会の冒頭でこういった映像で「社会モデル」の話を共有するのっていいな、と思いました。ぽっ
    音楽教育の研修会だったので、その後は音楽の授業に関する具体的な演習に入りました。
    演習その1は、「コップで合奏しよう」
    コップひとつでいろんなリズムが演奏できることに驚きました。びっくり
    その演奏方法がけっこう難しくて、前半はなんとかなったのですが、後半は覚えられなくて大変でした。
    講師の先生は1人1台端末で見られるお手本動画をいくつか紹介してくださいました。
    一番ゆっくりのお手本動画で、見よう見まねでやってみましたが、最後が混乱してきて困りました。
    最後から順番に少しずつスモールステップで習得していくやり方が僕には合っていそうだと思いました。
    そうすると僕の場合、動画よりもスライドで1コマ1コマ静止画で確認していくやり方のほうがあっていたかもしれません。
    こういう研修は、自分が子ども役をやってみることで、気づくことがたくさんあります。
    こういう機会を与えてくださった講師の先生に感謝です!
    最後に全員で円になって合奏した時には、僕はてんで習得できていなくて、最後の最後は半拍ずれてコップを置く音を立てていました。しょんぼり
    でも、半拍ずれても「曲」っぽくはなっているので、「それはそれでおもしろいなあ」とも思いました。大笑い
    僕が「音楽」に「インクルーシブ教育」の要素を感じるのは、レールから外れる音が出ていても「それはそれでおもしろい」と許容される時間がつくりやすいからです。
    それは、「リズム合奏」のときに、特に顕著に感じられます。
    リズムの場合、いろんなリズムが絡み合うことで、かえって面白さが増すことがあるのです。
    全員が全く同じリズムをやっているのではなく、なんだかちょっとずれている子がいるというのが、かえってそのほうがおもしろい。
    その場で、そのメンバーで作っている音楽、という気がする。
    そういった音楽の寛容性が、インクルーシブな時間につながるのではないかという気がしています。
    演習その2は「ソングメーカー」と「カトカトーン」による音楽作りでした。
    これについては僕もすでに同じ実践をしていたので、ここでは詳細は省きます。
    僕の過去記事をご覧下さい。↓大笑い
    ♪リアルな音で音楽制作体験!音楽教科書会社のWebアプリ「カトカトーン」
    アプリの説明については僕の上の記事を見ていただくとして、
    講師の先生から最後に紹介していただいた「生徒作品」がステキすぎてびっくりしました。びっくり
    子どもたちの可能性は無限大ですね。
    特に、「発語のないお子さんの作品」として紹介された作品がステキすぎてしびれました。
    実際に楽器の演奏ができなくても、ICTの力を借りてすばらしい音楽を作り出すことができます。
    ICTでいろいろな子どもたちの表現を引き出せるようになることがよく分かりました。ウィンク
    ★2024/1/15追記★
    上の演習その2で、当初「メロディメーカー」と書いていましたが、「ソングメーカー」の間違いでした。
    上のリンク先で僕は「メロディメーカー」のことを書いていますが、研修では「ソングメーカー」を使っていました。
    僕がこの2つの違いを分かっておらず、同じものだと勝手に勘違いしていました。
    すみませんでした!
    「ソングメーカー」はメロディだけでなく、リズム伴奏をつけることができます!
    ▼ソングメーカー(Chrome Music Lab)
     ​https://musiclab.chromeexperiments.com/Song-Maker
    演習その3は、ハンドベルによる合奏でした。
    音ゲーのように演奏できるおもしろさにハマりました!大笑い
    講師の先生はScratch上で五線譜を描くと、音ゲーのように「落ちてくる音符」に変換されるプログラムを作られていました。
    僕も自分の学校の子どもたちと、やってみたいなーと思いました。
    縦型と円形があるのも、おもしろいです。ウィンク
    ▼動く楽譜を作ってみよう!【縦型】
     (Scratch、iwama94様)
    ▼合奏支援ツール「円形アニメーション楽譜」
     (Scratch、iwama94様)

    とても学びになる研修会でした。
    講師のI先生、ありがとうございました!大笑い

    【音楽の練習】小学生向けYouTube動画の具体的な活用のしかた!
    「障害をもつ人も、もたない人も・・・」~『クラス合唱名曲秘話 楽譜に書ききれなかったこと』より
    【動く楽譜】「旅立ちの日に」(3部合唱)を公開♪

  • 「記憶を消す霊薬」のワーク ~『ゆるすということ』その2

    体調不良で年越しをしたので、1月4日になってようやく大掃除をしました。
    書棚には、本がぎっしり詰まっています。
    とても学びになった本でもあっても、本はたまっていく一方なので、ブログにどうしても覚えておきたいことだけを書いて、本自体は処分してしまうことがあります。
    今回書棚から取り出した『ゆるすということ』という文庫本もそのひとつです。

    『ゆるすということ もう、過去にはとらわれない』
    ジェラルド・G.ジャンポルスキ大内博、サンマーク文庫、2006、530円)
    実は2009年の4月に、いったんこのブログにこの本のことを書いていました。
    『ゆるすということ』
    (2009/04/12の日記)
    上の日記では、「どうしても覚えておきたいこと」をブログに書きかけて、途中でやめてしまっていました。
    めっちゃ中途半端な日記になっています!大笑い
    そこで、15年ぶりにその続きを書いて、本自体とはさよならしたいと思います。
    本自体の要約とか紹介と言うわけではなく、その本の中の、ある心理的なワークの部分だけを抜粋しての紹介です。


    ゆるすということ』 読書メモ

    ​★「記憶を消す霊薬」のワーク​

    ​ いやなことを10分間忘れさせてくれる薬を手に入れたとします。​

     この特別な薬を水に入れて、一気に飲み干します。
     薬が効いている10分間は、過去のいやな出来事はすべて忘れて、愛の記憶しか残りません。
     愛の記憶だけを意識すると、たいていの人は心が静かになり、いまこの瞬間を100%生きられるようになります。
    (同書p116より)​


    AIに上の説明を絵にしてもらいました。大笑い

    上のワークで僕がポイントだと思うのは、「10分間だけ」という限定の要素です。
    人間だもの。怒ったり、泣いたり、許せなかったりすることも、あります。しょんぼり
    でも、ほんの10分間だけ、その感情から自由になり、愛の記憶に身を浸すことができれば、あなたもその身を持ち直すかもしれません。
    10分間が、身を救うのです。ウィンク
    人生思い通りにはなりませんが、「ゆるす」「ゆるせない」は、自分で決められることかもしれません。
    どうしてもゆるせないとき、上のワークをやって、気持ちを落ち着けるのも、ひとつの方法です。
    愛の記憶はいつも、あなたの中にあるのです。ぽっ

    『ゆるすということ』
    (2009/04/12の日記)

  • 「障害者に『主体』があるとは思われていなかった」 ~荒井裕樹『どうして、もっと怒らないの?』その1

    昨日のブログ記事​で「ゆるすということ」について書いたのですが、今日は、逆のことを書きます。
    ゆるせないこと」というのが、強烈な動機付けとなって、行動につながるということがあります。

    世の中はけっして理想的なものではなく、理不尽なことがあるので、「ゆるせない」と怒って行動していくことも、一方では必要なことではないかと思っています。
    「やる気が出ないなあ」と思ってだらだらしている人の中には、「ゆるせない」という気持ちが足りないのかもしれません。
    僕は「インクルーシブ教育」を自分の実践の柱の1つとして追求していこうとしています。
    ただ、重要なのは、「なんのために」それをするかです。
    それは、明らかに、厳然とした差別が、そこにあるからです。
    障害当事者として当事者運動の中で行動しつづけた方がいらっしゃいます。
    「インクルーシブ教育」を追求していくにあたり、当事者運動の先輩に学ぶこと、差別の現実を直視することは、避けては通れません。
    今回から何回かにわたって、以下の本をとりあげます。

    『どうして、もっと怒らないの? 生きづらい「いま」を生き延びる術は障害者運動が教えてくれる』
    (荒井裕樹、現代書館、2019、税別1700円)

    本書は、荒井裕樹さんが、いろんな方と対談された、対談集です。
    (​以前に、尾上さんと対談されたところを少しだけブログで紹介しました。​)
    本書の第1話「運動はすぐそばにある」では、九龍ジョーさんと対談されています。
    そのなかで、障害当事者(横田弘さん)が障害者運動をするなかで実際にあった、非常に考えさせられるエピソードが出てきます。


    九龍:「責任者は?」と警察が聞いて、横田さんが「私です」と答える。
       それでもまだ「責任者は誰?」って警察が聞き返す。
       つまり、パフォーマンスをした横田さん本人を責任者と認めないんですよね。

    荒井:​障害者に「主体」があるとは思われていなかったんですよ。​
       ​だからこそ、青い芝の会の「行動綱領」には「われらは、強烈な自己主張を行なう」と書いてあるんですよね。​
    (p24より)


    「障害者に『主体』があるとは思われていなかった」ということが、まさに「差別」の状況を端的に示しています。
    このエピソードは1972年に撮影されたドキュメンタリー映画「さようならCP」の中の場面のことを指していますが、僕たちの今の社会のことを顧みた時に、同じことが起こっていないと言えるでしょうか。

    DVD『さようならCP』 [ 原一男 ]
    僕は学校に勤めているので、特に、学校教育の中で、あまりにも「子ども」を客体としてとらえすぎているのではないかということも思います。
    そうすると、もしかすると「障害のある子ども」は、二重の差別を受けているのかもしれません。
    社会は偽善に満ちていて、僕自身も、多数派の論理に組み込まれ、無自覚になっています。
    でも、それに気づかせてくれるのは、当事者の怒りであり、行動です。
    「ゆるせないこと」が厳然とあることに、怒りの行動で気づかせてくれていることに、僕たちは気づかなければなりません。
    そして、自分たちも、怒っていいんだということに、気づかなければならないと思います。
    今回から何回かに分けて、本書の中の記述を引用させていただくことで、皆さんと共にいろいろなことを考えていきたいと思います。
    著者の荒井裕樹さんは、本書の前に『差別されてる自覚はあるか』を出されています。
    こちらも、青い芝の会の横田弘さんについて書かれた本です。

    『差別されてる自覚はあるか 横田弘と青い芝の会「行動綱領」』
    (荒井裕樹、現代書館、2017、2420円)
    2冊とも、当事者運動からインクルーシブ教育を考える上で、大変意義深い本です。
    多くの皆様に読んでいただきたいと思います。

    NHK「合理的配慮」特集が記事に! 『「合理的配慮」がよく分かる 考え方と具体例​』など
     (2023/08/30の日記)
    吉間慎一郎「社会変革のジレンマ ―伴走者と当事者の相互変容からコミュニティの相互変容へ―」
     (2023/12/24の日記)

  • 「本当の社会参加とは」 ~荒井裕樹『どうして、もっと怒らないの?』その2

    昨日​の続きです。
    以下の本の読書メモを続けていきます。

    『どうして、もっと怒らないの? 生きづらい「いま」を生き延びる術は障害者運動が教えてくれる』
    (荒井裕樹、現代書館、2019、税別1700円)

    第1話だけでも、今後のために覚えておきたいことがとにかくたくさん出てきます。
    とにかくどんどん書いていきます。
    ただ、僕がこのブログでやっていくのはあくまでも「引用」であり、部分的な「抜粋」でしかありません。
    言葉はもちろん、文脈の中で理解されてしかるべきものです。
    僕の部分的な引用で、興味を持たれたり、心に引っかかりをもたれたりした方は、ぜひ本書を手に取っていただき、通して読んでいただきたいと思います。
    以下は、第1話の対談の中での、荒井さんの言葉からです。


    ・「愛らしく健気な障害者」としてふるまえば、社会は応援してくれたり、優しくしてくれるかもしれません。
     でも、「気分がいいときだけ仲間に入れてもらえる」というのは、本当の社会参加とは言えないんじゃないかな。
    (p26)


    本書は学校教育ではなく障害者運動のことをテーマにした本ですが、僕は僕のスタンスとして、学校教育に引き寄せて、本書で書かれていることを考えたいと思っています。
    上で書かれていることは、学校のなかで、非常によく見られる場面を思い起こさせました。
    たとえば、「友だちがいない子」がいるとする。
    「お世話される存在」とみなされている子がいるとする。
    遠足で、お弁当を食べるときに、一緒に食べる子がいないとする。
    そうすると、周りの子が、しかたないから、「仲間に入れてあげる」ということを言う。
    それを、先生も周りも、「親切だ」「いいことだ」と思っている現状がある。
    僕は、本書の中で後で登場される尾上さんと昨年つながりができました。
    いろいろなことを教えていただきましたが、尾上さんは「思いやり差別」という言葉を使われていました。
    まさに、「思いやり差別」です。
    多数派が「いいことだ」と思って思いやりを発揮しているのに、それに従わないとは何事だ、という無意識の圧力がある。
    あなたは、わたしは、それに対してどうしていきますか?ということが、問われていると思います。


    ・衝突の機会さえ奪ってしまうのは、「やさしさ」の姿を装った隔離です
    (p28)


    ひるがえって僕自身のことを考えると、僕は、「やさしさ」が大好きです。
    僕はとても弱い人間なので、やさしくしてもらえければ、今まで生きてこれなかったと思います。
    遠足のお弁当のような場面では、僕は、「仲間に入れてもらっていた派」です。
    これまで受けてきた周囲の人のやさしさには、感謝しかありません。
    「でも」「だからこそ」と思います。
    でも、だからこそ、「やさしさ」が押しつけになってしまうことに、敏感にならなければいけない、と思います。
    本書のなかの対談を通して、僕は、そんなことを思いました。
    こういった話を、次回以降も、続けていきます。
    よかったら、明日もまた、見に来てください。

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