投稿者: にかとま

  • 「0点であろうと、宝物」~ひろさちや『「ずぼら」人生論』

    ​​​古本で購入した ひろさちやさんの『「ずぼら」人生論』を読み終わりました。


    『「ずぼら」人生論 』
    (ひろさちや、三笠書房、2010、現在は古本で安く買えます。

    ひろさちやさんは、「仏教思想を、逆説やユーモアを駆使してやさしく説く」ということで定評がある方です。(著者紹介の一部から引用)
    かなり驚くような主張を平然とされていたりして、自分の常識が覆ります。(笑)
    読み物として面白く、かつ自己啓発的な刺激を受けたい方にはオススメです。
    本書の帯には、
    社会や他人の「ものさし」を捨て、自分の「ものさし」を持った人は、思い通りに生きていける
    とあります。
    ものさし(一定の価値基準)に縛られがちなココロを揺さぶり、解き放ってくれます。
    その中には、「学校」における能力主義的なものさしも入っています。
    「学校」というところは、学力偏重に陥ったり、「できる」・「できない」で判断したりしがちですが、こういった本をたまに読んで、そうでない考え方があるということにふれるのも、大事なことかと思います。
    =============================
    『「ずぼら」人生論 』
    読書メモ ロゴ
    ​・子供が一所懸命やってとってきた点数は、
     たとえ10点であろうと、0点であろうと、宝物
    ​化け物に囲まれて生きるより、宝物に囲まれて生きるほうが、ずっといい​​

    (p63より)​​

    しょんぼり点数へのこだわりを捨てきれない自分がいます
      何点であっても宝物、とはなかなか思えずにいます。
     しかし、ひろさちやさんは「アホの物差し」という言い方で、以上のようなアンチテーゼを提示します。
     せめて、その点数なりのよさというものに気づけるようになりたいな、と思いました。

    ​​

    ​​​・音痴の歌はだれにも唄えないオリジナルです。​​​
    ​​​​・世間の物差しでいう長所からはみ出しているのは、全部​個性​なんです​。​​​
    (p93より)

    大笑いひろさちやさんはご自身のことを「音痴」と言いながら、それでいいじゃないかと開き直っておられます。このエピソードからも、世間の物差しを気にしなくて堂々としていればいいんだと気づかされ、勇気をいただきました。
    =============================
    「宝物」とか「個性」とかのプラスの言葉は僕も好きでよく使いますが、ひろさちやさんの場合はプラスとかマイナスとかの物差しから完全に逸脱していて、社会通念上マイナスな言葉も逆説的にバンバン使って主張を展開されます。
    ここでは誤解を受けそうなマイナス的な主張の部分はあえて引用しませんでしたが、通して読むとかなり価値観を揺さぶられるような一見過激な主張も混ぜてあったりして面白いですよ。
    ​​

  • 「→」は、「みぎ」と打って変換すれば出てくる!

    「→」は使う頻度が多い記号です。
    「やじるし」と打って変換すれば、他の方向の矢印を含めて出てきます。
    しかし、右向きの「→」だけ特によく使うので、僕は「や」と打てば出てくるように変換辞書に登録して使っていました。
    今日、偶然、他の人がPC入力をしている場面を見ることがありました。
    「→」を打つのに、「みぎ」と入れて変換していました。
    え? それで出るんだ!
    知っていると、けっこう便利なコワザだと思いました。
    変換候補の中でもかなり上位に「→」がきますし、そのルールを知っていれば、「ひだり」で「←」も出せるし、「した」で「↓」も出せます。(ただし、右と左は矢印マークが変換候補の上位ですが、「した」は他の変換候補におされて、2ページ目にようやく「↓」がお目見えしました。2度目からは、すぐですけどね。)
    よく使う単語や記号は、マイPCなら単語登録でマイルールから呼び出すことができますが、職場などの他のPCではマイルールが使えません。
    こういった、「こう打って変換したら、出るんだよ」という情報は、けっこう貴重かもしれません。
    あなたは、「→」を出すとき、どうやって入力してましたか?(^0^)

  • 「『学童保育』の現在と独自性について」 ~『連携と協働の学童保育論』5

     
    連携と協働の学童保育論
    ソーシャル・インクルージョンに向けた「放課後」の可能性』
    (三好正彦
    、2012、解放出版社、2000円)

    この本の読書メモを書いている途中です。

    今回は、実践記録というより、「学童保育とは」という
    基本の部分になります。 

    今回ですでに第5回。

    第1回読書メモはこちら

    ===============================
    『連携と協働の学童保育論』
    読書メモ ロゴ
    (p94~114 第2部 第4章より。
     ・以降の太字は本の内容。
     顔マークのあとの緑文字は僕の個人的コメントです。)

    <第2部 第4章
     「『学童保育』の現在と独自性について」より>

    ▼学童保育の現在までの概要

    1950 記録上最初の学童保育所(法的な措置を待たずにスタート)

    1976 初めて政府から補助金が「学童保育事業」に支給される

    1997 児童福祉法の一部改正によって、
         「放課後児童健全育成事業」として法制化
         (国の公な事業となる)

    2007 「放課後子どもプラン」
       (学童保育とは別に、子どもたちの放課後生活充実のために
        安全で健やかな居場所づくりを推進する事業。
        学童保育との一体化については
        全国学童保育連絡協議会(全国連協)が反発。
        教育委員会主導ではなく福祉部局と対等な関係で連携を図ることを主張)

     

    ▼これまでの「学童保育研究」

    ・親の帰宅時間の遅延化=学童保育における遊びが
                      子どもの遊びのすべてとなる

     学童保育施設は家庭に代わる居場所として、
       外遊びを含めた放課後の豊かな遊び場を提供し、
       同時に休息・気晴らし行為を保障する場であらねばならない
                        
        (塚田・小伊藤、2007)

    ・今日、地域が失われ、家庭すらも危ぶまれる状況にある中で、
     地域家庭の両翼に在る「学童保育」は、
     学校教育と連動しつつ確かな子どもの育ちをつなぐものでなくてはならない
                         
         (森、2007)

     

    ▼「学童保育」とは――定義と課題

    (定義)
    ・「共働きなどにより昼間親が家にいない家庭の学童(低学年)を、
      放課後や休暇中に保育すること」
    (新村編『広辞苑 第6版』、2008)

    (課題)

    ・法制化以後13年間で施設数2.1倍、入所児童数2.5倍(全国連協、2011)

    ・適正規模とされている40人以下の学童保育は全体の半数

    ・1施設あたりの指導員は3.86人(全国連協、2007)

    ・指導員は、身分が不安定な非正規職員が増えてきている。
     公営の指導員の91.6%が非正規職員で、何年働いても昇給はなく、
     平均年収約150万円以下の低賃金の指導員は51.8%
     (全国連協、2007) 

    ・学童保育の業務内容は子どもの生活を守ることに加え、
     家庭へのサポートや相談など決して容易なものではない。

    ・指導員を続けたいと思っている指導員は約8割。
     しかし、現実には5年以内に、約半数が辞める状況。
    (全国連協、2001)

    ・障害のある子どもを受け入れている学童保育所は約6200か所(全国連協、2007)
     これは2003年の2倍。
     入所児童数も約1万2800人となっており、約2倍の伸び。

    しょんぼり現在は僕の地元西脇市でも発達障害児童を小6まで受け入れるようになるなど
       さらに全国的に受け入れ範囲が拡大しており、
       もっと伸びていると思います。 

    共働き・母子・父子家庭の増加。
     現在、約5割の母親が働きに出ている

    びっくり5割というと驚きますが、確かに今のご時世で言えばそうかもしれません。

     

    (児童館と学童保育のの一元化の問題) 

    ・児童館は児童福祉法第40条に定められた児童厚生施設の1つ

    ・1986年、厚生省が学童保育を「留守家庭児童対策としての児童館」に位置づけ、
     「学童保育」との一元化の流れを生み出そうとした。

     しかし、1991年、厚労省は留守家庭児童対策を児童館から独立した事業とし、
     以後、児童館で留守家庭児童対策を実施する場合は、
     「専用室を設けることが望ましい」とした。

     1997年からは児童福祉法第6条に「学童保育事業」、
     第40条に児童館と明確に区別。
     つまり、児童館は「児童厚生施設」という「施設」に位置づけられたのに対して、
     「学童保育」は「放課後児童健全育成事業」という1つの「事業」となった。

     = 遊び場としての機能しか有していない児童館では、
       働く親からの信頼は得られなかった。

       児童館では、館の管理者はいるものの保育を行うわけではないので
       個々の子どもたちへのかかわりは浅い

    びっくり僕は神戸で小学生時代を過ごしましたが、
       学童保育に行った覚えはなく、なじみがあるのは児童館でした。
       単に覚えていないだけかな・・・。

     

    「学童保育」の独自性

     =「単なる放課後の子どもの居場所とはしない」ということ

    ・父母会が組織されている学童保育所も多く、
     家庭と協働で子どもたちを見ていくスタイルが基本形態。

     親たちの相談の場所、励まし合いの場所でもある。
     (地域の子育て支援センター的な機能

    ・指導員と父母の連携による、子どもたちへの継続したかかわりを通し、
     成長・発達を促す場

    ・枠にとらわれていない

     ・生活のなかで子どもたちの自発的な遊びの発達を保障しようとする場

     ・異年齢で構成

     ・指導員が、昔の近所のおばちゃんのような存在

    ・自由に子どもたちが遊び、活動を展開でき、
      またそのうえで指導員たちも自分たちの思うように
      子どもたちとのかかわりを実現することができる。
      
       

    (p114(第4章の終わり)まで)
    =================================

    現代における「学童保育」の役割は非常に大きいですね。

    指導員の方がた、本当にお疲れ様です。

     

    次章は第5章「地域の教育力と子どもたちの放課後」です。

    それでは、また次回!

     

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  • 「『わかる』ということの意味」~『わかる』ということが、わかっていますか。

    昨日の日記で、

    「わかる とは、 かわる こと」

    という、高木善之さんの言葉を引用しました。

    それに関連づけて、

    「分かる」ということをテーマにした教育書、

    佐伯胖(さえきゆたか)『「わかる」ということの意味』、1983、岩波書店

    を紐解いてみました。

    (▼今手に入るバージョンは・・・
    岩波書店、『
    子どもと教育「わかる」ということの意味新版』
     1995,1800円)
    【目次】

    1 大人はわかっているのか?/2 子どもはわかろうとしている
    /3 「わかる」ことから「なっとくする」ことへ/4 何のためにわかるのか―文化的実践への参加 )

    (リンク先は新版ですが、私が読んだのは旧版です。
     ページ数は、違っているかもしれません。)

     同書p110より
    ===========================
    「ほんとうは、君にはきっとすばらしい能力があるのだ」
    本気で信じてくれる先生や親がいてくれれば、
    ボクもそんなに不安がって、
    「能力なし」とされまいとツッパることに忙しいということには
    ならないと思います。

    ===========================

    親が子どもにしてやることで一番大事なのは、信じることだ、
    というのは、斎藤一人さんの近著でもふれられていました。

    (これは昨日読み終わった本です。斎藤一人『普通はつらいよ』 )

    このテーマは大変奥深いものなので、
    こうやっていろんな本を関連づけて徹底して追求していくと、いいかもしれません。

    「教育」の根本を考えることであると思います。

    逆に、これを全く深く考えずに「ただ教えているだけ」という
    教育になってしまった場合、それは大変危ういことのように思います。

    以下、佐伯先生の本より引用を続けます。

    p118より
    ==========================
    親や先生たちが、子どもから学び、子どもを原因としつつ、
    自らも変わり、子どもへのはたらきかけをしていく、

    という感覚があふれている環境をつくることこそ、
    今日何よりも必要なのではないかと思います。

    ==========================

    ここで、「変わる」という言葉が出てきました。
    しかも、本人が変わることの前提として、「周りが変わる
    ことにふれられています。

    大変示唆的です。 

    「わかる」「できる」「変わる」ということは、
    具体的にどのケースでどういうことか。
    これは突き詰めていく必要があるのではないか?

    具体的なケースは本の中を読んでいただくとして、
    まとめ的なことを、本の終わりのほうよりどんどん引用していきます。

    p170より
    ==========================
    「本当にわかる」「本当にできる」ためには、
    まさにこの「できること」と「わかる」ことの相互作用
    活発にならなくてはならないのです。

    しかし、そのためには、
    「中心的な問い」を適切に入れかえる必要があるのです。

    あるときは思い切って「できるようになること」に専念し、
    別のときには「わかるようになること」に専念し、
    しかも、その行ったり来たりをしながら、
    それらを通して自然に「わかる」ことや、
    自然に「できる」ことを自覚しなおすことがなければならないのです。

    ============================

    ここの部分だけ読むと抽象的ですが、
    具体的な経験・エピソードを思い起こしながら、
    自分の頭の中にリンクを張っていってほしいのです。

    もしかすると、昔わかっていて、今は忘れてしまったことが、
    再び戻ってきたかもしれません。(^^)

     

    ちなみに、具体的な「わかる」方法論の中には、

    p182に、

    ===============================
    視点を意識する :「納得する」ための重要な手がかり
    ===============================

    ということが書かれています。

    また、再三にわたって、「わかり直し」という言葉が使われます。

    p193

    ===============================
    ・私たちは人生の途上で何度も何度も「わかり直す」べきなのです。
    ===============================

    そうすると、そもそも「学校」とは何か

     

    そういった、広く大きなところにまで行き着きます。

     

    そもそも「学校」とは何か、「教育」とは何か。

    日々具体的な細かなことで悩みながら実践を積み重ねていると、
    つい目の前のことに追われるのみで、
    こういった大きなこと、原理・原則的なことを見失ってしまうことがあります。

    己の戒めに、今こういった本をもう一度読み返してみてよかったです。 

    p212以降より(部分引用を配し、覚えておきたい点をまとめた)
    ===============================
    ・学校というところ:
      生涯を通して学び続けるための準備をするところ

    ・学校で学ばなければならないこと

     (1) 自分が何を学ぶべきか選択できること

     (2) 自分で自分の学びが正しいか否かを判断できること

     (3) 他人や社会と交渉をもち、
        社会や文化から新しい知識を吸収できること

    ・学問というもの:

       「ほんとうだとされていること」を学ぶことではなく、
      まさに、自分自身で、本気で、
      「何が本当なのか」と問うこと、問いつづけること

     

    ・他人から「感化を受ける」ことができるためには:

      (1)何が本当に価値あることかを求めつづけること。

      (2)「表面的なこと」の背後には、常に、
        「表面に現れていないこと」があるはずだと考え、
        それがどんなものかを知ろうとすること

      (3)ものごとには常にさまざまな側面があり、
        「かくかくしかじかである」という断定は
        できうる限り保留し、
        いつでも、根本から考え直すことを辞さない覚悟をしていること。

      =一言で言ってしまえば、「無知の知
                    (自分が無知であるということの素直な受容)

    ===============================

    非常にテーマが大きくなったところで、
    今日はこのへんで。

    ところでこの本、なんと古本屋で105円で買ったんですよね。

    全くお買い得でした。

    定価で買ってもいい買い物なので、
    ぜひこれを読まれた教育関係者の方は、
    今手に入る新版を買って読まれることをおすすめします。

    佐伯先生の本は、他の本も、具体性に富んでいて読み物としてもおもしろく、
    基本をおさえたり、大事なことを確認する上で最適です。
    おすすめの教育学者さんです。

  • [講演情報]10/13(日)香取孝信「私の体験したディズニーマジック 感動を呼ぶサービス!!」~兵庫県丹波市

    このブログでも宣伝している香取貴信氏の講演会が、
    なんと僕の地元丹波市で行われることが分かりました。

    子どもを誰かに預かってもらわないといけませんが、
    ぜひ行きたいと思っています。

    10月13日(日) 13:30~15:40

    福祉講演会 香取貴信氏
    「私の体験したディズニーマジック 感動を呼ぶサービス!!」

    兵庫県丹波市 春日文化ホールにて 入場無料

    香取さん講演会ポスター
    (丹波市春日町のスーパーマーケット アルティのポスターより)

    アルティのサービスカウンターで聞くと、
    無料なので特に事前にチケット等買う必要なく、
    13時~13:30のあいだに春日文化ホールに行けばいいそうです。

    会場はJR福知山線黒井駅から歩いて行ける距離。
    駐車場もそれなりのスペースがあります。
    田舎なので無料でとめられます。

     

    香取さんの本、音声ファイルは以下の通り。(著書は他にもあります)
    どれも非常にお勧めです。

     
    『社会人として大切なことはみんなディズニーランドで教わった
      そうか、「働くこと」「教えること」「本当のサービス」ってこういうことなんだ!』

    KOU BUSINESS / 香取貴信 【単行本】

     
    『社会人として大切なことはみんなディズニーランドで教わった 2 熱い気持ち編』
    KOU BUSINESS / 香取貴信

    ♪[音声ファイル]僕がディズニーランドで学んだ大切なこと
      (試聴できます)

    ▼ブログ過去記事

     「教える」って、どういうことなんだろう?
     ~『社会人として大切なことはみんなディズニーランドで教わった』

     ツタヤでレンタル~「ディズニーランド」で学んだこと講演DVD

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