カテゴリー: よのなか(社会)

  • SDGsに取り組む小学生社長!

    家の2階のデジタルテレビを録画できるテレビに変えたので、「ケンミンショー」と「珍百景」だけ、録画して観ています。ぽっ
    「珍百景」は番組コンセプトが次第に変わってきて、全国の小学校や小学生でおもしろい取組をしているケースを取り上げることが増えてきたようです。

    先日(2023/10/8放送回)の「珍百景」では、小学生社長のことを放送していました。
    ▼​珍百景公式サイト「これまでの放送」
    環境問題に取り組む会社を作りたいと、小学4年生にして起業。
    今は小学6年生だそうです。
    ゴミ拾いを楽しくやって、廃材をアートにして生まれ変わらせる活動などを、世の中に呼びかけておられます。
    以下は、リンク先の「珍百景」のサイトで紹介されていた概要の転載です。


    株式会社moco Earth という会社の社長が、実は小学6年生だという光景。
    社長を務める小学6年生の女の子は、小学3年生の時、オンライン学習で世界の環境問題や教育格差などについて知る機会があったそう。
    何か自分にできることはないかと、オンライン上の仲間たちとSDGs部を結成し活動を始め、4年生で環境問題に取り組む企業を設立したという。
    いま取り組んでいる事業は海洋汚染の問題を楽しく学ぶためのイベントで、川や海で拾ったゴミをアプリ内の通貨に換金し、地域の特産品と交換できるというもので、使用するアプリは、同年代の小学生・中学生が開発に携わっているのだとか。
    珍百景公式サイト「これまでの放送」2023年10月8日放送■小学生の起業家​より)


    驚くべきことが、いっぱい書かれています。
    今はもうこの放送は観れなくなっていると思いますが、ぜひ多くの方に観ていただきたい内容でした。
    女の子が社長をしている会社のサイトやインスタグラムは絶賛稼働中ですので、そちらはぜひ、ご覧ください。ウィンク
    ▼​会社の公式サイト
    ▼​インスタグラム
    僕は、いろいろなことをゲーム化するという手法にすごく興味があるのですが、こちらの会社でもゴミ拾いをゲーム化されていて、「すごい」と思いました。
    アプリ開発も含めて、小学生でもできるんですねー!!
    さらに詳しいことは、例えば次のリンク先などを見ていただけると、よく分かると思います。

    ▼​【サムトル】「みんなの海を守ろう!」海洋汚染問題に取り組む小学生起業家チームmoco Earthメンバーにインタビュー!
     (SOZOW LIFE 子どもの好奇心サポートメディア、2023/6/6記事)
    ▼​クラウドファンディング「アプリ×ゴミ拾い×アートの遊びで海を守ろう!!!」
    この志とそれを実現する行動力、ほんとうに素晴らしいと思いました!びっくり
    小学生であっても、社会に直接アプローチする社長になれる世の中も、ステキですね。
    今はクラウドファンディングもありますし、志ある人を応援する社会になってきていると思います。
    社会をよくする活動は、何歳から始めてもいいですよね。
    僕もがんばろうと思います。ウィンク
    「珍百景」の前にもテレビ出演されていて、そのときの番組はYouTubeで観られるようになっていました。いやあ、この子、ほんとうにすごいな。

    【挑戦】10歳で起業!ゴミ拾いから事業を考案 小学生社長が描くエコな未来 『every.特集』

    小学生の圧倒的プレゼンの実際「【神プレゼン】ホリエモンが認めた天才小学6年生が「学びのイノベーション」を提案」
     (2023/01/14の日記)
    「広島県の小学5年生の合理的配慮への道!」
     (2021/10/17の日記)

  • 過去に学べ ~万博が抱える黒歴史「人間動物園」(東京新聞)

    この冬は、アイヌに関する本をいくつか読みました。
    #それらの本についてはまた改めて紹介します。
    アイヌ民族は北海道などに住んでいた先住民族です。
    ただ、国際的に先住民の権利が叫ばれるようになるまでは、正式に先住民であることさえ認められていませんでした。
    アイヌ民族は、和人(日本人)に侵略され、土地や言語を奪われた、という過去があります。
    僕たちが忘れてはいけない過去だと思います。
    これに関連して、最近知ったことがあります。
    Web上にちょうどその記事が出ていたので、紹介します。
    ▼​万博が抱える黒歴史「人間動物園」…120年前の大阪で起きた「事件」と2025年大阪万博の相似形とは
    (東京新聞Webサイト、2023年12月17日記事
    特に、以下に引用する内容は、あまりにもショッキングでした。


    ・マジョリティー(多数派)がマイノリティー(少数派)を理解しようとする時、『理解してあげる』という優位性が生まれる。人類館も当時、人々に『理解』させようとして生まれた。
    (同サイト中央付近の記述より)


    無自覚な差別の姿が、非常に端的に表れていると思いました。号泣
    来年、再び大阪万博があるようです。
    人権を無視したものにならないように、と願ってやみません。
    上の記事を読んで、僕は、「当事者の声を聴け」という、障害者運動でよく叫ばれていたことと同じことを思いました。
    当事者を無視して勝手に進んでいくような事態は、避けなければなりません。
    教科書には出てこない歴史というものがあります。
    教科書だけでなく、後世の歴史は、時の権力者にとって都合の悪いことは載せなかったり、都合のいいように解釈して載せたりすることがあります。
    真実を見る目を、もちたいです。

  • アイヌへの差別 ~『知里幸恵物語 アイヌの「物語」を命がけで伝えた人』その1

    今週はアイヌの話題を連続してブログで書き続けています。
    今日からは、以下の本の読書メモを書いていきます。

    知里幸恵物語 アイヌの「物語」を命がけで伝えた人
    (PHP心のノンフィクション:小学校高学年・中学生向け)
    (金治直美、PHP研究所、2016、税別1400円)

    インクルーシブ教育の反対を意味する言葉として、「分離教育」という言葉があります。
    「あなたは、こっちの学校ね!」と、大多数が通う通常の学校とは別に学校を用意して、そこに子どもを通わせる教育のことを言います。
    昨年の国連の勧告では、日本の「特別支援教育」が、場を分ける分離教育であると批判されました。
    勧告で強く要請されていたように、「分離教育」は差別であり、国際的にこれを禁止する流れになっています。
    この分離教育が、アイヌの場合にもおこなわれていたことが、本書に書いてあります。
    本書の主人公である知里幸恵(ちりゆきえ)さんが通われたのが、ほかならぬアイヌの子どもたちだけが通う小学校であり、和人(当時の日本人)から、「土人学校」と呼ばれていました。しょんぼり
    (p34)
    教育だけでなく、当時のアイヌが受けていた差別は、あまりにもひどいものがありました。
    本書によれば、もともとアイヌは平和で平等な社会を築いていた民族でしたが、身分制度のある和人の社会にどんどん組み込まれていき、和人から差別される存在として生きていかざるをえなくなったようです。
    その詳細が、子どもにも読みやすい文体で、本書には書かれています。
    ほんとうは本書をまるごと読んでいただいた方がいいのですが、ここでは僕が特に驚いたところを引用します。しょんぼり


    ・アイヌの人びとには、土地の売買という習慣がありません。
     また文字がないため、契約書などを読むこともできません。
     そこにつけこんで、さまざまな規則や条例をつくり、一方的におしつけて、生活の場や、狩りや食物を得るための土地を、次つぎに取り上げてしまいました。
     サケ漁やシカ猟も自由にできなくなり、家をつくるために山で木を切り出すことも、禁止されました。
     さらに、日本語を使うことを強制し、名前すら日本名を名乗ることを強いたのです。
    (本書p40より)


    あまりにもひどい、としか言いようがありません。号泣
    土地を奪い、文化を奪い、言語まで奪って、改名を強いたのです。
    アイヌとしてのアイデンティティを根こそぎ奪う行為です。
    こういったことは外国での植民地政策としてなら、歴史の時間に習った覚えがあると思います。
    しかし、日本の中で、こういったことがおこなわれていたとは、少なくとも僕は、歴史の時間に習いませんでした。
    よその国のことでは、ないのです。
    日本国内で、同じことが、おこなわれていたのです。
    こういった負の歴史を繰り返さないようにしなければなりません。怒ってる
    あまり知られていないこういった歴史的事実を、ぜひ、多くの方に知ってもらいたいと思います。
    本書の読書メモは、明日以降も、続けます。

    この冬読んだ、アイヌに関する本4冊
     (2024/01/29の日記)
    過去に学べ ~万博が抱える黒歴史「人間動物園」(東京新聞)
     (2024/01/28の日記)
    ▼​「文字」という文化で失ったものがある(『ハルコロ』その1)
    ▼​「文字」という文化で失ったものがある2(『ハルコロ』その2)

  • 「外からの目」で見えてくるもの ~『知里幸恵物語 アイヌの「物語」を命がけで伝えた人』その2

    アイヌ関連のブログ記事を続けています。
    前回​に引き続き、今回も、以下の本の読書メモの続きです。

    知里幸恵物語 アイヌの「物語」を命がけで伝えた人
    (PHP心のノンフィクション:小学校高学年・中学生向け)
    (金治直美、PHP研究所、2016、税別1400円)

    本書の主人公である知里幸恵(ちりゆきえ)さんは、アイヌの口承文学を後世に伝える『アイヌ神謡集』の著者です。
    『アイヌ神謡集』については、以下の過去記事でふれています。
    オーディオブックなどへのリンクも掲載していますので、ぜひお読みください。ぽっ
    「文字」という文化で失ったものがある(『ハルコロ』その1)
    知里幸恵物語』では、『アイヌ神謡集』の序文を幸恵さんが書かれているシーンにおいて、その胸中を次のように描写されています。


    ・そうよ、わたしたちの祖先は、かつて自由に、野山をかけ海に川に舟を走らせ、のびのびと暮らしていたというのに。
     なぜ「ほろびゆく民族」にされなければならないの?
     たくさんの美しいことば、たくさんのおもしろい物語まで失われなくてはならないの?
     せめて、この本の中で生き続けてほしい――。

    (『知里幸恵物語』p117より)


    知里幸恵さんの、痛切な、切なる願いが伝わってくる文章です。号泣
    幸恵さんは東京に出てこられて、ほんの少しのあいだ、東京見物をされたこともあります。
    そのとき、幸恵さんは「東京はなんてせわしないところかしら」と思われていたそうです。
    (本書p126)
    僕たちは、今の社会が当たり前のものであり、それ以外の社会を知らないところがあります。
    こんなふうに「外からの目」で見たとき、自分たちの社会のことを、客観的に冷静に見返すことができ、社会のあり方を問い直すことも、できるようになるかもしれません。
    社会のあり方を問い直すためにも、こういった書籍にふれていただくことを、おすすめします。ウィンク
    それをせずして、多様性を尊重する社会、多文化共生の社会はつくれないと思います。

    この冬読んだ、アイヌに関する本4冊
     (2024/01/29の日記)
    過去に学べ ~万博が抱える黒歴史「人間動物園」(東京新聞)
     (2024/01/28の日記)
    ▼​「文字」という文化で失ったものがある(『ハルコロ』その1)
    ▼​「文字」という文化で失ったものがある2(『ハルコロ』その2)

  • カベルナリア吉田『アイヌのことを考えながら北海道を歩いてみた』その1

    アイヌ関連のブログ記事を続けています。
    今日からは、以下の本の読書メモを書いていきます。

    『アイヌのことを考えながら北海道を歩いてみた 失われたカムイ伝説とアイヌの歴史』
    (カベルナリア吉田、ユサブル、2022、税別1800円)

    著者が北海道中をまわる旅行記です。
    著者は北海道生まれの紀行ライター。
    ブログを本にしたような軽い感じの文章ですが、近代の資本主義社会全般に対しては批判的なところがあります。
    ちょうど今、「ゴールデンカムイ」の映画が公開中なので、上の本は比較的新しい本ということもあり、書店では関連本のように近くに置いてあることがありますね。
    ただ、こちらの著者は「ゴールデンカムイ」には批判的です。
    「ゴールデンカムイ」ファンが間違って買ってしまうと、期待外れかもしれません。
    (参考)
    ▼​映画「ゴールデンカムイ」公式サイト
    「ゴールデンカムイ」だけではなく、近年の大々的なアイヌの打ち出し方、観光に利用するようなところすべてに対して、著者は批判的です。
    アイヌに関する博物館がリニューアルされると、「前の素朴な感じの方が良かった」と捉える方です。
    「こういう考え方もあるのだ」「こう捉える人もいるのだ」というひとつの参考にはなるのではないかと思います。
    ただ、本書で指摘されている「和人目線で見たアイヌの表現」は、現在では以前に比べて修正されているところも少なからずあるようです。
    たとえば、本書冒頭で著者は次のように書いています。


    ・少し前、新千歳空港に掲げられた日本ハムファイターズの広告に「北海道は開拓者の大地」というフレーズがあり、アイヌへの配慮が足りないという問題になった。
     和人に言わせりゃ「開拓」でも、アイヌの立場からすれば「侵略」や「植民地化」かもしれない。
    (p16より)


    新千歳空港​は北海道最大の空港で、北海道の空の玄関口です。
    あまりに巨大すぎて、びっくりする一大施設です。
    #なんと空港に温泉まであります。
    上の例で示されているように、今の北海道では、「開拓」という言葉はアイヌへの配慮から、使われなくなっていたり、使う場合でも但し書きのようなものを付けることが多くなったようです。
    和人とアイヌ、両方の立場から、今の北海道における「アイヌ」の扱われ方を検討するには、著者の持っている目線でもう一度北海道を見て回るのも、大切なことかもしれません。
    では、空港以外で著者がどんなことを書いているのかも、少し紹介します。
    たとえば、​函館の北方民族資料館​を訪れた際には、以下のことが書かれています。


    ・北海道から樺太経由で中国大陸まで通じる交易の道――北のシルクロード。
     アイヌは交易を通じ「世界」とつながっていた。北海道に閉じこもり、黙々と狩猟採集を行っていたイメージをもたれがちだが、そんなことはないのだ。
     これは、琉球時代の沖縄と似ている。
     シルクロードを経由する交易を通じ、沖縄もまた世界とつながっていた。
    (p45より)


    上の引用箇所に顕著に見られるように、著者は「アイヌ」を表面的なステレオタイプで見ることに嫌悪感を抱き、博物館等での「アイヌ」の扱われ方を警戒しているところがあります。
    長く続いたアイヌの文化に対するリスペクトがあるようです。
    著者自身、この本の前に沖縄をめぐった本を多数出していることもあり、沖縄との共通点を書かれているところは、興味深いところです。
    同資料館で「北の神々」のコーナーを見た著者が思ったことを書いているところからも、他の本ではあまりふれられていないことが書いてあるので、引用します。


    ・「今日から、この場所は日本になった」と突然告げられ、神社が立ち、鳥居が立ち、社殿に手を合わせて拝めと言われた。
     神社が祀る神こそが神で、国を作った日本武尊こそが神であるからと、拝みを強要された。
     アイヌは住処を追われ「日本人」になることを強要された。
     外見や言葉遣いなど目に見える部分だけでなく、心の内側にまで、ズカズカと入り込まれた。
    (p46より)


    それこそ、「ゴールデンカムイ」に出てくるアイヌにとっての神=「カムイ」に関するところです。
    もちろん現代の日本では、信教の自由が憲法で保障されており、明治・大正時代の上のようなことが、今も公然と行われているわけではありません。
    ただ、過去の時点でそういうことがあったなら、今さら信教の自由を保障されたところで、もう前のようには戻れないことは、想像に難くありません。
    「心の内側にまでズカズカと・・・」といった表現を読んで、僕は、日本で過去に行われたキリスト教信者狩りのことを、思い出しました。
    「踏み絵」を強要するなどの、あれです。
    遠藤周作の『沈黙』を読んだ時の衝撃は、忘れられません。

    『沈黙』 (新潮文庫 えー1-15 新潮文庫) [ 遠藤 周作 ]
    「日本」とはなんなのか、「自由」とはなんなのか、いろいろと、考えさせられます。
    そういうことを考えておかないと、この日本では、
    「心の内側にまでズカズカと・・・」
    ということが、起こりやすいのかもしれません。しょんぼり
    次回は、本書後半の記述を拾いたいと思います。
    明日に続きます・・・。

    この冬読んだ、アイヌに関する本4冊
     (2024/01/29の日記)
    過去に学べ ~万博が抱える黒歴史「人間動物園」(東京新聞)
     (2024/01/28の日記)
    ▼​「文字」という文化で失ったものがある(『ハルコロ』その1)
    ▼​「文字」という文化で失ったものがある2(『ハルコロ』その2)
    アイヌへの差別 ~『知里幸恵物語』その1
    「外からの目」で見えてくるもの ~『知里幸恵物語』その2
    「わたしひとり、立派な人に見られたって、なんにもならない」 ~『知里幸恵物語』その3

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