昨日の日記で、「この冬は、アイヌに関する本をいくつか読みました。」と書いていました。
具体的には、以下の書籍です。
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『知里幸恵物語 アイヌの「物語」を命がけで伝えた人』 (PHP心のノンフィクション)
[ 金治直美 ]
↑子ども向けに書かれているので、とても分かりやすく、読みやすかったです。
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『ハルコロ』(1) (岩波現代文庫 文芸338)
[ 石坂 啓 ]
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『ハルコロ』(2) (岩波現代文庫 文芸339)
[ 石坂 啓 ]
↑マンガです。
和人の侵略を受ける前の、アイヌの暮らしがよく分かります。
著者は、手塚治虫の弟子にあたる方。
とても丁寧なタッチで描かれています。
これは、名作!
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『アイヌのことを考えながら北海道を歩いてみた 失われたカムイ伝説とアイヌの歴史』
[ カベルナリア吉田 ]
↑北海道中をまわる旅行記。
ブログを本にしたような感じです。
アイヌに関係ない話題もかなり出てきます。
個人的なレポートという印象ですが、大いに参考になりました。
テーマを絞って関連図書を並行読書すると、1冊の本だと見えてこなかったことが見えてきて、立体的な理解につながります。
具体的には、また次回以降でご紹介します。![]()
投稿者: にかとま
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この冬読んだ、アイヌに関する本4冊
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「文字」という文化で失ったものがある(『ハルコロ』その1)
最近の記事では、アイヌのことを書いています。
なお、「アイヌ」には「ひと」という意味があるそうなので、「アイヌの人」という言い方はあえてしていません。
なんだか呼び捨てのように感じられるかもしれませんが、ご了承ください。
アイヌ文化に詳しい方の監修で描かれたマンガ『ハルコロ』の第2巻に、次のような記述があります。
・アイヌは文字を持たなかったとよく言われるが
人類が出現して百万年単位の中で見れば
文字を持った民族と持たなかった民族との差は
わずかな時間的なものである
・しかも 多くの民族は
文字を得たことによって
失ったものがかなりあった
・その中でも特に重要なひとつに
暗誦による民族文学――伝承の世界がある
(『ハルコロ』文庫版 第2巻 p77より)
僕はこれを読んで大変驚きました。

今、僕が勤めている「学校」というところでは、「文字」の読み書きに依存した学習が当たり前のようにおこなわれています。
そのなかで、「読み書き障害」と言われるお子さんが、とても苦しんでいます。
僕は、LD通級の担当者として、「文字の読み書きに依存しない授業」を模索し、通級児童の所属する学級に提案することをおこなっています。
「文字」は非常に重要なものであり、知的活動において欠くことのできないことのように思い込んでいましたが、実際は、そうではないのかもしれません。
アイヌは文字を持たなかった。
しかし、とても豊かな文化を持っていました。
もっと、「文字」以外に目を向けてもいいのではないか、と思いました。
上の引用箇所の最後に述べられている「暗誦による民族文学――伝承の世界」を現代に伝えるものとして、知里幸恵さんの『アイヌ神謡集』があります。
町の書店で購入できるほか、今ならオーディオブックで聴くこともできます。
知里幸恵さんオリジナルの序文は、アイヌの文化に誇りをもった知里幸恵さんの思いの詰まった名文です。
文字ではなく、朗読で聴くと、より一層、感慨深いものがあります。

『知里幸惠 アイヌ神謡集 』(岩波文庫 赤80-1)
[ 中川 裕 ]

「知里幸恵 『アイヌ神謡集』」(100分 de 名著)
[ 中川 裕 ]

「アイヌ神謡集 朗読CD」
<Audible>アイヌ神謡集
(ナレーター: 村上 めぐみ)
※試聴できます。

▼この冬読んだ、アイヌに関する本4冊
(2024/01/29の日記)
▼過去に学べ ~万博が抱える黒歴史「人間動物園」(東京新聞)
(2024/01/28の日記) -
「文字」という文化で失ったものがある2(『ハルコロ』その2)
前回の続きです。
未読の方は、まず上のリンク先をお読みください。
今回も、マンガ『ハルコロ』の第2巻より、
今回は、著者によるあとがきから、引用します。

『ハルコロ 』2
(漫画:石坂啓・原作:本多勝一・監修:萱野茂)
・自然との共生――、
いまでこそふつうに唱えられていますが、
その考え方が根づいたアイヌの人たちのくらしには
教わることが多いです。
私が驚かされるのは口承芸術の世界です。
・文字があるばかりに、
文字に頼ってしまうところが
たぶん私たちにはあります。
・絵本なしで、文字なしで、
アイヌのフチ(おばあちゃん)たちは
50も100も子どもたちにお話を聞かせていたというのです。
・4晩かかってもまだ終わらないユーカラを、
ひとりで演じることのできる名人。
どんなに胸踊る舞台だったことか、
でもそんな長大な物語が
いったいどうやって文字なしで伝承されてきたのか
(『ハルコロ』文庫版 第2巻 p281-282より)
「自然との共生」は、僕にとっても、大切なテーマです。
アイヌ文化が大切にしてきたものは、僕が大切にしてきたものと、かなり通じるところがあります。
そして、前回同様、ここでも、文字がないことで、かえってゆたかな口承芸術が成立していたことが、書かれています。
実は、「読み書き障害」のお子さんを担当していると、文字を読むのがとても苦手な代わりに、お話をすぐに覚えてしまうお子さんに、何度も出会います。
学校では、音読の宿題が出ます。
その音読を、教科書を見ずに、ほぼ正確に、読めるのです。
いちおう教科書はひらいているのですが、目線を見ると、まったく文字を目で追っていないのです。
おぼえているお話を、読んでいるように見せかけて、語っているのです。
これは、アイヌの人たちと同じような、才能かもしれません。
世の中には、いろんな才能があるのですね。
便利なものがあるから、それに頼って、人間自身が持っていた能力が、どんどん鈍っていってしまうということがあります。
上の文章ではそれは「文字」でしたが、皆さんはもうお気づきでしょう。
そうです。
現代社会の「スマホ」などの情報機器も、それにあたると言えるでしょう。
便利さを手に入れた代償が、あるかもしれない。
そんなことにも気づかせてくれる本でした。
漫画として非常に完成された作品です。
難しいことは何も考えずに、アイヌのくらしを追体験するようにして読むことができる作品です。
ぜひ、お読みください。

『ハルコロ』(1) (岩波現代文庫 文芸338)
[ 石坂 啓 ]

▼この冬読んだ、アイヌに関する本4冊
(2024/01/29の日記)
▼過去に学べ ~万博が抱える黒歴史「人間動物園」(東京新聞)
(2024/01/28の日記) -
アイヌへの差別 ~『知里幸恵物語 アイヌの「物語」を命がけで伝えた人』その1
今週はアイヌの話題を連続してブログで書き続けています。
今日からは、以下の本の読書メモを書いていきます。

『知里幸恵物語 アイヌの「物語」を命がけで伝えた人』
(PHP心のノンフィクション:小学校高学年・中学生向け)
(金治直美、PHP研究所、2016、税別1400円)
インクルーシブ教育の反対を意味する言葉として、「分離教育」という言葉があります。
「あなたは、こっちの学校ね!」と、大多数が通う通常の学校とは別に学校を用意して、そこに子どもを通わせる教育のことを言います。
昨年の国連の勧告では、日本の「特別支援教育」が、場を分ける分離教育であると批判されました。
勧告で強く要請されていたように、「分離教育」は差別であり、国際的にこれを禁止する流れになっています。
この分離教育が、アイヌの場合にもおこなわれていたことが、本書に書いてあります。
本書の主人公である知里幸恵(ちりゆきえ)さんが通われたのが、ほかならぬアイヌの子どもたちだけが通う小学校であり、和人(当時の日本人)から、「土人学校」と呼ばれていました。
(p34)
教育だけでなく、当時のアイヌが受けていた差別は、あまりにもひどいものがありました。
本書によれば、もともとアイヌは平和で平等な社会を築いていた民族でしたが、身分制度のある和人の社会にどんどん組み込まれていき、和人から差別される存在として生きていかざるをえなくなったようです。
その詳細が、子どもにも読みやすい文体で、本書には書かれています。
ほんとうは本書をまるごと読んでいただいた方がいいのですが、ここでは僕が特に驚いたところを引用します。
・アイヌの人びとには、土地の売買という習慣がありません。
また文字がないため、契約書などを読むこともできません。
そこにつけこんで、さまざまな規則や条例をつくり、一方的におしつけて、生活の場や、狩りや食物を得るための土地を、次つぎに取り上げてしまいました。
サケ漁やシカ猟も自由にできなくなり、家をつくるために山で木を切り出すことも、禁止されました。
さらに、日本語を使うことを強制し、名前すら日本名を名乗ることを強いたのです。
(本書p40より)
あまりにもひどい、としか言いようがありません。

土地を奪い、文化を奪い、言語まで奪って、改名を強いたのです。
アイヌとしてのアイデンティティを根こそぎ奪う行為です。
こういったことは外国での植民地政策としてなら、歴史の時間に習った覚えがあると思います。
しかし、日本の中で、こういったことがおこなわれていたとは、少なくとも僕は、歴史の時間に習いませんでした。
よその国のことでは、ないのです。
日本国内で、同じことが、おこなわれていたのです。
こういった負の歴史を繰り返さないようにしなければなりません。
あまり知られていないこういった歴史的事実を、ぜひ、多くの方に知ってもらいたいと思います。
本書の読書メモは、明日以降も、続けます。

▼この冬読んだ、アイヌに関する本4冊
(2024/01/29の日記)
▼過去に学べ ~万博が抱える黒歴史「人間動物園」(東京新聞)
(2024/01/28の日記)
▼「文字」という文化で失ったものがある(『ハルコロ』その1)
▼「文字」という文化で失ったものがある2(『ハルコロ』その2) -
「外からの目」で見えてくるもの ~『知里幸恵物語 アイヌの「物語」を命がけで伝えた人』その2
アイヌ関連のブログ記事を続けています。
前回に引き続き、今回も、以下の本の読書メモの続きです。

『知里幸恵物語 アイヌの「物語」を命がけで伝えた人』
(PHP心のノンフィクション:小学校高学年・中学生向け)
(金治直美、PHP研究所、2016、税別1400円)
本書の主人公である知里幸恵(ちりゆきえ)さんは、アイヌの口承文学を後世に伝える『アイヌ神謡集』の著者です。
『アイヌ神謡集』については、以下の過去記事でふれています。
オーディオブックなどへのリンクも掲載していますので、ぜひお読みください。
▼「文字」という文化で失ったものがある(『ハルコロ』その1)
『知里幸恵物語』では、『アイヌ神謡集』の序文を幸恵さんが書かれているシーンにおいて、その胸中を次のように描写されています。
・そうよ、わたしたちの祖先は、かつて自由に、野山をかけ海に川に舟を走らせ、のびのびと暮らしていたというのに。
なぜ「ほろびゆく民族」にされなければならないの?
たくさんの美しいことば、たくさんのおもしろい物語まで失われなくてはならないの?
せめて、この本の中で生き続けてほしい――。
(『知里幸恵物語』p117より)
知里幸恵さんの、痛切な、切なる願いが伝わってくる文章です。

幸恵さんは東京に出てこられて、ほんの少しのあいだ、東京見物をされたこともあります。
そのとき、幸恵さんは「東京はなんてせわしないところかしら」と思われていたそうです。
(本書p126)
僕たちは、今の社会が当たり前のものであり、それ以外の社会を知らないところがあります。
こんなふうに「外からの目」で見たとき、自分たちの社会のことを、客観的に冷静に見返すことができ、社会のあり方を問い直すことも、できるようになるかもしれません。
社会のあり方を問い直すためにも、こういった書籍にふれていただくことを、おすすめします。
それをせずして、多様性を尊重する社会、多文化共生の社会はつくれないと思います。

▼この冬読んだ、アイヌに関する本4冊
(2024/01/29の日記)
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(2024/01/28の日記)
▼「文字」という文化で失ったものがある(『ハルコロ』その1)
▼「文字」という文化で失ったものがある2(『ハルコロ』その2)