投稿者: にかとま

  • <1年生の音楽授業>♪「かえるのうた」そして「サンダーバード」

    GW前半の休暇で、体調は順調に回復していました。
    ところが、あいだの平日で順調に悪化(笑)。号泣
    今日からGW後半に突入しましたが、咳と鼻水に悩まされる5月3日となりました。
    なんとか、4日間の休日を使って、完全に回復させたいところです。
    さっきまで寝ていましたが、ちょっとよくなってきたので、ブログを書きます。
    僕は小学校に勤めています。

    ​​​​​​​「音楽」の先生ではないのですが、日ごろから職員室で「音楽の授業がしたい」と公言していたら、担任が出張などで不在の時に音楽授業を頼まれることが増えました。大笑い
    近年は1年生の学年付きをしているので、1年生のクラスによく入ります。
    #1年生の学年会計を昨年から担当していて、毎年教材費が爆上がりしているので驚いています。
    #ドリルとかの値段が上がってるの!

    連休前にも、小1のあるクラスに入りました。
    4時間目だったので後半は給食準備に早めにかかる都合上、授業は20分程度でしたが、「かえるのうた」をスモールステップでだんだんレベルアップしていく指導をやりました。
    楽しかったです!
    #コールアンドレスポンスの初歩をやったよ
    #そこから輪唱の初歩に移行していったよ
    #はじめは先生と子どもたちでやって、そのあと子どもたち同士でさせました
    #みんなの反応がすごくよくて、びっくり!
    連休後、今度はまた別のクラスで「音楽」の授業を請け負っています。
    #小1なので「おんがく」と表記すべきか
    小1の今の時期は自習にして先生不在で子どもたちだけにするということはできないので、誰かが入らないといけません。しかたないな~(笑)
    勤務市では今年から奇数学年の音楽の教科書会社が変わっています。
    おんがくのおくりもの」という教科書になりました。
    教育出版の教科書です。

    小学音楽 おんがくのおくりもの1 [令和6年度改訂] 教育出版
    その指導用CDを聴いたら、1曲目がなんと「サンダーバード」!
    担任の先生からはこの曲の指導を頼まれています。
    今回も、楽しくやりたいと思います。
    サンダーバード、GO!
    この曲は、とにかく体を勝手に動かしたくなる曲。
    イントロの英語での秒読みが、最高です。
    「教科書会社の方、目の付け所がいいな~。ナイス選曲だなあ」と思います。
    学校の授業には必ず指導上の目標があります。
    この曲の場合だと、「音楽と一体となって動く」といったところでしょうか。
    どんな動きがこの曲に合っているのかを考えるのも、めあてのひとつになりそうです。
    教科書会社が作ったワークシートの例の中には、ぴったりの動きの例として「元気に行進する」というのが書いてありますが、僕は、それだけではちょっと物足りないのではないかと思います。
    やっぱり、元気に発進する!でしょ!大笑い
    子どもたちと一緒に「サンダーバード」の授業をするなんて、考えただけで、わくわくがとまりません。
    体調、治さないとな~。​​​​​
    ↓「サンダーバード」オープニング

    ↓ホンモノの「サンダーバード」の第1話。1965年にしてこのクオリティ!


    ♪鍵盤ハーモニカ奏「かえるのうた変奏曲」の編曲をしました!
    【練習用動画】小1鍵盤ハーモニカ奏「きらきら星」「~タンギング変奏曲」
    ♪小1鍵盤ハーモニカ奏運指動画「こいぬのマーチ」

  • 子どもたちをつなごう! ~拝野佳生『関係支援を核とした学級づくり』その1

    1ヶ月ほど前に、以下の本を読み終わりました。
    大変共感し、感銘を受けました。

    関係支援を核とした学級づくり 「特別でない」特別支援教育をめざして』
    (拝野佳生
    (はいのよしき)、解放出版社、2023/11、税別2000円)
    タイトルに「インクルーシブ教育」という言葉はありませんが、学校現場におけるインクルーシブ教育の実践を追求している本です。
    「特別支援教育」が個別支援や個別指導に重きを置きすぎていることを問題視し、通常学級の集団内における関係支援こそ重要であると説かれています。
    具体的なエピソードも多数紹介されており、通常学級の中でインクルーシブ教育を実践しようとする際のまたとない参考書になると思います。
    今日から何回かにわたって、本書の内容を読書メモとして残していきます。
    冒頭部分だけでしたら、ネット上で試し読みができますので、皆さんもぜひ、チェックしてみてください。
    出版社公式サイトなどで、試し読みできます。ウィンク
    ▼​〝関係支援〟を核とした学級づくり
     (出版社公式サイト)
    「​版元ドットコム​」でも、「前書き等」のところで、少し読めるようになっています。
    今日は、その冒頭のところから1つだけ、引用させていただきます。
    本書における著者の主張は、次のフレーズに集約されているように思いました。


    ・たまにしか行けない教室で、私がいないときにこそ、子ども同士の支援が必要ではないかと考え、子どもたちを〝つないで〟いました。
    (「はじめに」ⅶより)


    僕も全く同じ考え方で、支援学級担任や、通級担当をしてきました。
    僕が以前働いていた勤務市の特別支援学級担任にとっては、この考え方は、当たり前だったのです。
    「支援学級担任の役割は、周りの子とつなぐことだ」と言われていました。
    ただ、全国的には、これが当たり前の考え方にはなっていません。
    でも、これは、今こそ必要な考え方だと思うのです。
    インクルーシブ教育関係の研修が増えてきて、国連の勧告もあり、子どもたち同士がつながりあって、いろんな子を包摂して一緒にやっていくことが、より一層求められてきています。
    「子どもは、子どもの中で育つ」
    僕が前の勤務市で教わったことです。
    「子どもたちをつなぐ実践」こそ、今まさに僕たち教職員が互いに実践交流をしあいながら、学んでいくべきことではないでしょうか。
    多くの皆様が本書を手に取って、読んでいただけることを、切に願います。
    明日以降のブログでも、本書の中の具体的なところで、僕が印象に残ったところを書いていきたいと思います。ぽっ


    動画「分離教育をやめたイタリアのインクルーシブ教育の挑戦」
     (2023/11/05の日記)

  • 「人権意識の”変わり目”となったエピソード」 ~拝野佳生『関係支援を核とした学級づくり』その2

    昨日から、以下の本の読書メモを書いています。

    関係支援を核とした学級づくり 「特別でない」特別支援教育をめざして』
    (拝野佳生
    (はいのよしき)、解放出版社、2023/11、税別2000円)
    前書きについてふれた、前回のブログ記事は、​こちら​。スマイル

    本書には僕の心に突き刺さったエピソードや著者の考えがたくさんあるのですが、全部紹介しているときりがないので、絞りに絞って、書いていきます。
    最初の方の記述で、僕がどうしてもふれておきたいのは、
    第1章第1節第2項「在日コリアンとのかかわり」です。
    ここでは、著者が小学校教員として採用後に初めて勤めた小学校での出来事が書かれています。
    その学校は、当時、全校児童数の約1割が在日韓国人・在日朝鮮人の子どもたちだったそうです。
    (p15)
    このとき、著者は、ある人の発言で、「周りの子」にこそ目を向けるべきであると気づかされます。
    ある研究会で、朝鮮初級学校の先生が、こんなことを言われたそうです。


    ・「ことばにこだわるようですが、
      『在日朝鮮人問題』という言い方がありますよね。

      私、これ、どうかと思うのです。
      差別しているのは日本人ですよね。
      問題は日本人なのに、なんで『在日朝鮮人問題』と言うのでしょう。
      私たち朝鮮人が問題ですか?」
    (p15より)


    僕は、これを読んで、ガツンと、鉄槌をくらったような気がしました。びっくり
    そして、これは、「在日朝鮮人問題」に限らず、ほかのことでも、同じことが言えると思いました。
    「障害者」の問題にしても、そうです。
    「不登校」の問題にしても、そうです。
    「学力問題」ですら、そうです。
    「あの人たち」「あの子たち」の問題にしてしまっていて、自分たちの問題としてみなしていない。
    僕たちの姿勢が、問われている気がしました。
    「問題だ」と問題視している、僕たちのほうが、「問題」かもしれないのです。
    まさに、「問題はつくられる」であります。号泣
    この後のページに、「在日朝鮮人問題」の当事者である、対象の子どもたちが、ホンネを吐露する場面の記述があります。
    自分たちだけ別室で事前に人権学習をしていた話」(p20)についてです。


    ・「私、あれ、あんまり好きじゃなかったわ。
      なんで私らだけ特別なん? とか思っていた。」
    (p20)


    周りで思っていたことと、当事者が思っていたことが、違っていたのです。
    本人たちの思いが、おいてけぼりをくらっていた、というのです。しょんぼり
    別室で特別に学習すると言えば、今、「特別支援教育」のなかで、普通におこなわれていることです。
    いえ、「特別支援教育」という範疇にとどまらず、「集団での学習や集団生活についていけない子を、特別に個別に見てあげるのが丁寧だ」という考え方が、幅をきかせています。
    そういう指導が、その子たちの気持ちを確かめずに、おこなわれています。
    ここでも、やはり、「これは、この子たちだけの問題ではない」と思いました。
    本書が重要なのは、こういった当事者目線に立った、人権問題としての視点に、気づかせてくれるところにあります。
    僕たちは、ともすれば、親切心で対象の子どもたちだけを、別室で少人数で学習させるなどして、本人たちの気持ちも確かめずに、手前勝手な指導をしているのかもしれません。
    本書のサブタイトルに、「『特別でない』特別支援教育」という言葉があります。
    一見、矛盾したように見えるこの言葉に、「学校を特別なものにしない」という、著者の決意が隠されているように思えてなりません。
    当事者主体の「『特別でない』特別支援教育」を考え、それを実現しようと実践を重ねていくことは、すなわち「ともに」考えることであり、「ともに」実践をつくっていくことであります。
    今回ご紹介した第1章第1節のタイトルは、
    人権意識の”変わり目”となったエピソード」です。
    僕は、まさにこの、本書での著者の立ち位置、スタート地点をこそ共有したいと思います。
    多くの皆様が本書を手に取って、この第1節だけでも、読んでいただけることを、切に願います。ぽっ
    明日以降のブログでは、
    第2章 『関係支援』の具体的展開
    の内容に、入りたいと思います。
    よろしければ、明日もまた、見に来てくださいね。


    「困った」子への向き合い方 ~木村泰子『「ふつうの子」なんて、どこにもいない』
     (2021/05/05の日記)​​
    「いろいろなものが分けられたことによって・・・」 ~孫泰蔵『冒険の書 AI時代のアンラーニング』その4
     (2023/08/20の日記)

  • 「『関係支援』の具体的展開」 ~拝野佳生『関係支援を核とした学級づくり』その3

    一昨日から、以下の本の読書メモを書いています。
    本日が、第3回です。ウィンク

    関係支援を核とした学級づくり 「特別でない」特別支援教育をめざして』
    (拝野佳生
    (はいのよしき)、解放出版社、2023/11、税別2000円)
    ↓過去記事は、こちら。スマイル
    第1回: 子どもたちをつなごう!
    第2回:「人権意識の”変わり目”となったエピソード」

    本書には僕の心に突き刺さったエピソードや著者の考えがたくさんあるのですが、全部紹介しているときりがないので、絞りに絞って、書いていきます。
    今日は、「第2章 『関係支援』の具体的展開」の内容に、入ります。
    著者の拝野先生は、現場の教員を長く勤められておられましたが、1997年には兵庫教育大学の大学院に進学されています。
    #その後、現場に戻ってこられています

    実践者でありながら研究者でもあり、先行研究などにもお詳しいようです。
    そのため、本書には具体的な先行研究や文献の引用もみられます。
    たとえば、第2章では、鯨岡峻(くじらおか たかし)さんの次の言葉が引用されていました。


    ・「子どもを育てる立場の多くの人は、
      『育てる』ということの根本を見失って、
      ひたすら何かを教えて力をつけることが育てることだと
      錯覚してしまっているように見えます

    (p57 鯨岡峻(2011)『子どもは育てられて育つ-関係発達の世代間循環を考える』慶應義塾大学出版会より)


    「育てる」ということを改めて問い直す、ドキリとする文です。
    「育てる」とは、はたして、「教える」ことなのでしょうか。
    「力をつける」ということなのでしょうか。
    鯨岡さんも、著者も、それは同義ではないと考えているようです。
    この引用の後、この項の最後で、著者は
    個別支援をしてくれる大人が複数いることについて、いま一度、しっかり考えておく必要がある
    と書かれています。
    ここに、大人が子どもを育てるのか、子どもが育つのか、という、発想の逆転があるのです。
    「子どもを主語にした教育」といったみみざわりのいい言葉は、昔からありました。
    しかし、それが単なる標語ではなく、ほんとうに子どもたちのものになっているのか、僕たちは今一度、しっかりと考えていかなくてはなりません。
    その次の項は事例ですが、その事例の中で著者は
    当時、私は、友だち同士の『教え合い』を授業に取り入れた『仲間づくり』にとりくんでいたので、単刀直入にいえば、支援員は不要でした。
    と書かれています。
    #「教え合い」の具体的な内容は本書をお読みください
    大人がいなくても子どもたちが育つ教室。
    僕は、これが、理想だと思います。
    僕も、ここ20年くらい、ずっと追い求めてきたかたちです。
    #昨年もこのブログで​実践報告​を書きました。
    支援員も、教師すら、いなくて成り立つような教室が、理想なのです。
    事例後の「考察」から、そのエッセンスを、少しだけ引用します。


    ・友だち同士を互いの支援者にするという発想
    ・そういう関係を意図的に組織すればいいのです。
    ・私は、ここに特別支援教育の活路を見いだせると考えています。

    (p61)


    「特別支援教育」の発想を逆転させる。
    そのことで、むしろ、活路が見いだせるのです。
    一昨年、日本の「特別支援教育」のあり方が国連から批判されたのは、まだ記憶に新しいところです。
    (参考リンク)
    ▼​国連が日本政府に勧告「障害のある子どもにインクルーシブ教育の権利を」
    (Yahooニュース、野口晃菜、2022/9/10記事)
    過度に競争主義に陥っている通常学級のあり方を見直し、分離教育のシステムを改めるように、勧告がなされました。
    日本の「特別支援教育」は、舵を切る局面に立たされています。
    著者の提案はなにも珍しい突飛なものではなく、同じような考え方で実践されている教育実践者は無数にいます。
    その実践を、国を挙げて広げていくときにきているのではないでしょうか。
    「考察」の最後では、伊藤良子(2009)の論文中での言葉が引用されています。
    最後に、その言葉も、みておきましょう。
    #長くなるので、部分的な引用にとどめています。


    ・「人間はみな偏りをもっている。
      人間はみな発達障害なのである。
      自らの偏りを誇り、他者の偏りを尊敬しよう。

    (p57 伊藤良子(2009)「人間はみな発達障害」伊藤良子・角野善宏・大山泰宏編『京大心理臨床シリーズ7「発達障害」と心理臨床』創元社 より)


    ここにきて、発達障害か、そうでないかというくくりも、消えてしまいました。
    上の言葉を借りれば、みんなが発達障害であり、「障害者」なのです。
    みんなが、当事者なのです。
    僕は若い頃、国語の研究大会で、斎藤孝さんの講演を聞いたことがあります。
    斎藤孝さんは、「偏って愛す」と書いて「偏愛」というものを重視されていました。
    偏って愛しているものをお互いに知らせ合い、つながり合うことを説かれていました。
    「偏愛マップ」をつくり、お互いに見せ合うという取組は、上に書かれている考え方と、重なる取組ではないかと思います。

    『偏愛マップ キラいな人がいなくなるコミュニケーション・メソッド』/齋藤孝
    僕自身、かなり偏った人間です。
    #得意と不得意の差が激しい
    #好きなことについてはかなりこだわります
    日本社会は同調圧力が強いので、偏った人間が、偏っているところをまるでイケナイことかのように、錯覚してしまう傾向があります。しょんぼり
    そうでは、ないでしょう。
    むしろ、そこを、大切にしていかないと、いけないのではないでしょうか。
    それこそ、SDGsでも言われている、多様性尊重の教育の、ほんとうの意味です。
    いろいろな人がいるからこそ、いいのです。
    だからこそ、楽しいし、おもしろいし、学び合えるのです。
    長くなりました。
    あなたは、いかが思われたでしょうか?
    続きは、また明日!大笑い
    (明日が、本書の読書メモの最終回の予定です。)


    斎藤孝『今、そこにある苦悩からの脱出』1 ~四股踏み、ストレッチで身体に関わる
     (2012/09/09の日記)​​
    【障害理解教育】4  そのほかの教材(本や絵本)
     (2015/08/21の日記)

  • 「自分も他の人もみんな同じように大切にされる」 ~拝野佳生『関係支援を核とした学級づくり』その4

    以下の本の読書メモを書いています。

    関係支援を核とした学級づくり 「特別でない」特別支援教育をめざして』
    (拝野佳生
    (はいのよしき)、解放出版社、2023/11、税別2000円)
    今回が、第4回(最終回)です。
    ↓過去記事は、こちら。スマイル
    第1回: 子どもたちをつなごう!
    第2回:「人権意識の”変わり目”となったエピソード」
    第3回:「『関係支援』の具体的展開」

    前回の続きのページで、僕がどうしてもふれておきたいのは、Dさんの事例です。
    (p62~69 第2章第2節第4項「『仲間の変化』とマイペースなD」)
    Dさんは転入生でした。
    広汎性発達障害の診断を受けており、「ちょっと変わったやつ」という印象をもった子だったそうです。
    (p62)
    トラブルメーカーだったDさんですが、トラブルつづきだったところから、変化が変化を呼び、Dさんは次第に落ち着いていきます。
    その説明の中で著者は、
    まわりが変わってDが変わる。Dが変わり、まわりも変わる。
    と書かれていました。(p65)
    そして、象徴的なのが、3学期に入ってすぐの、長なわの練習のシーンです。
    Dさんが長なわを跳べたことを自分のことのように喜ぶクラスメイトの作文が、紹介されていました。
    その作文について、担任だった著者は、次のような感想を述べています。


    ・この文を書いた子はDが跳べたことをクラスの喜びとしてとらえ、
     自分が跳べたかのように素直に綴っています。
     こういう思い方ができる子を育てることが、
     「関係支援」がめざす1つの着地点だと考えています。
     

    (p66より)


    「関係支援」をテーマにした本書ですが、その「着地点」としての事例もこうやって示していただいていることで、読んでいる僕たちにとっても、めざすものが非常にイメージしやすくなっています。
    担任の経験がある者なら、こういった経験は、少なからずお持ちではないかと思います。
    仲間の成功を自分の成功のことのように喜ぶ。
    ここでは、自分と他者の境界線が区切られることなく、自分と他者が一体化しています。
    学校でみんなと学ぶ意味は、まさにこういったところにあるのではないかと思います。ぽっ
    実は本書の後半では「着地点」だけでなく「終着点」としての事例も述べられています。
    本書でおそらく最もページ数が割かれているのは、この事例です。
    このブログ記事は公開直後に著者の拝野先生にも見ていただいているのですが、拝野先生から、次のような言葉をいただきました。
    このように、関係支援の着地点は”周囲の変化”でした。しかしこの後に登場するGさんは、周囲の変化もさることながら、”本人の劇的な変化”が見られました。
     これを私は『関係支援の”ひとつの”終着点』であると言ってます。
    「終着点」に関する事例は、僕は拝野先生の研修会で直接お聞きしたのですが、これは「又聞き」ではなく、ぜひ、直接ふれていただきたい事例です。
    本書ではかなり詳細にそのことにふれられていますので、その詳細は、ぜひ本書でご確認ください。大笑い

    ほかにも、本書ではまだまだたくさんのことが述べられています。
    ただ、それを全て書いているときりがないので、最後に、ひとつだけ。
    「教育の目的」を大きくとらえ直すところについて、紹介して終わりたいと思います。
    前回もテーマに挙げた「育てる」ということ、「教育する」ということについて。
    その全体をとう捉えるのか。
    本書は一貫して、当事者の人権という視点に立った考察がされています。
    最後に引用するのは、「子どもの権利条約」です。
    その、「教育の目的」の部分です。


    ・子どもの権利条約(6)「教育の目的」(第29条)
     「教育は、子どもが自分のもっているよい所をのばしていくためのものです。
      教育によって、子どもが
      自分も他の人も みんな同じように大切にされるということや、
      みんなとなかよくすること、
      みんなの生きている地球の自然の大切さなどを
      学べるようにしなければなりません」

    (p111 ユニセフ訳による)


    非常に分かりやすく、読みやすい訳です。びっくり
    本書では「ユニセフ訳」となっていますが、今ネットで検索すると、同様の内容はアムネスティ・インターナショナルのサイトで見られました。
    他の条文も含めて、ぜひ読んでみてください。
    ▼​子どもの権利 – 子どもの権利条約​(アムネスティ日本のサイトより)
    分かりやすい本も出ています。興味があればそちらも参照してください。ぽっ

    『子どもの権利条約ハンドブック』
    (木附 千晶・ 福田 雅章
    、自由国民社、2016、1870円)
    最近は、中学校の校則を子どもの意見をふまえて見直すなど、「第12条 意見を表す権利」にもスポットが当たるようになってきましたね。
    本書でおこなわれている「子どもをたいせつにする」ということの具体は、子どもの権利条約に表されているような、子どもの権利に依って立つものです。
    それは、決して大人の都合や、強制により、おこなわれるべきものではありません。
    そういった原点を再確認して、4回にわたって書いてきた本書の読書メモを終わります。
    この4回の連載記事については、公開直後に著者の拝野先生にも見ていただき、ご感想をいただくことができました。
    すばらしい著書を世に出していただいたことに、改めて感謝申し上げます。
    多くの皆様が本書を手に取って、読んでいただけることを、切に願います。ぽっ
    たいせつなことを たいせつにしよう


    「どんな子どもも、それは1つの個性であり、正解である」 ~映画「夢みる小学校」
     (2022/12/18の日記)​​
    「今、学校に求められていることは?」~佐藤豊先生より
     (2007/03/17の日記)

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