投稿者: にかとま

  • 【アプリ紹介】都道府県の漢字を書いたり、都道府県型はめパズルができる「書き取り日本一周」

    ​​昨日は市内の通級担当者が集まる会がありました。
    他の担当者から、iPadのおすすめアプリを教えてもらいました。
    そのなかに、「​書き取り日本一周​」というアプリがありました。
    今日、ダウンロードして少しやってみたのですが、これはスゴイです。びっくり

    ▼「書き取り日本一周」公式サイト
     ​https://www.nowpro.co.jp/menu/products/iphone/kakitori/pc.html
    「奈〇県」みたいな問題が出て、漢字を手書きで答えるのですが、
    日本地図が表示されている画面上に、そのまま大きく書き込めます。
    画面のどこかに小さく書いても、形が大体あっていれば認識するようです。
    とにかく、手書きの漢字の認識率が、すごい!
    おかげで、テンポよく回答していけます。大笑い


    難易度を上げると、「〇〇県」といったように回答する文字数が増えます。
    地図上の表示を見て、当てはまる都道府県名を答えないといけません。
    〇の部分を一文字書いて、それが正しいと「マル」がつきますので、
    その後、続きの漢字を書くことになります。
    答えが分からなかったとき、あきらめて終了しようとすると
    「常用漢字辞典」で調べる
    という選択肢が出てきて、「常用漢字辞典」アプリで、該当の漢字の練習ができます。

    筆順通りに書かないといけない漢字のなぞり書きができて、
    覚えていく練習も、バッチリです!

    漢字の書き取りだけでなく、都道府県の形を地図上に当てはめる型はめパズルもあります。
    向きが回転した都道府県を、正しい向きではめないといけないモードも選べます。
    一番すごいのが、2人対戦モードがあること。
    iPadを上下2分割し、それぞれが問題に挑戦することができます。

    世間には僕の知らないすごい学習アプリがまだまだあるものですね。ウィンク
    今回のアプリは無料で広告が表示されるバージョンと、広告なしの有料バージョンがありました。
    無料で試しにやってみてとても気に入ったので、250円払って有料版を買いました。
    実際に子どもたちにさせてみるのが楽しみです。​​

  • 『この本読んで元気にならん人はおらんやろ』

    ​『この本読んで元気にならん人はおらんやろ』という本があります。
    今週は月曜日に雨に打たれて以来、体調を崩していたので、朝はこの本を読んでから出勤していました。
    たしかに、読むと元気になる本なんです。大笑い

    『この本読んで元気にならん人はおらんやろ』
    ( 水谷もりひと・中村文昭・下川浩二・てんつくマン・大嶋啓介、ごま書房新社、2013、絶版)
    この本の中には、いくつもの元気づけワードや、元気づけエピソードが出てきます。
    その中で、僕が1つだけ選ぶとすると、次のワードが、一番衝撃的でした。
    ​「潜在能力は、今発揮している自分の能力の3万倍ある」​
    (P176、大嶋啓介さんの言葉より)
    3万倍ですか!
    とんでもないですね・・・。
    潜在能力を引き出すためには、​イメージ力​が大事らしいです。
    これを読んで以来、3万倍ある潜在能力を引き出すイメージをするように、心がけています。ウィンク
    この本で興味を持ったので、監修者の水谷もりひとさんがされている「みやざき中央新聞」のサイトを見に行ってみました。
    今では新聞の名前が変更され、「日本講演新聞」になっていました。
    1か月分無料お試しができるようです。
    こちらも、非常に気になる新聞です。大笑い
    ▼​日本講演新聞


    中村文昭流「こどものやる気を引き出し、その気にさせる!」
     (2021/04/18の日記)
    中村文昭さん講演~みるみる元気がわいてくる!(^0^)
     (2009/10/05の日記)

    てんつくマンからの色紙
     (2010/01/02の日記)
    本気の朝礼!~朝一番の環境・雰囲気づくり~
     (2007/08/14の日記)

  • 鳥山敏子『賢治の学校』その1​​​~「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」​

    図書館で借りて、鳥山敏子『賢治の学校』を読みました。

    『賢治の学校 宇宙のこころを感じて生きる』
    (鳥山 敏子、サンマーク出版、1996、絶版)

    宮澤賢治の思想が、非常によく分かる1冊です。
    宮澤賢治の言葉には、ずっと前から、記憶に残っている言葉がたくさんありました。
    そのなかでも、特に共感した言葉が、あります。
    ​​​「世界がぜんたい幸福にならないうちは
     個人の幸福はあり得ない」​​


    これを知った当初は、長い間ずっとこの言葉が頭の中に響いていました。
    今でも、その通りだと思います。
    この言葉の背景に広がる「宇宙のこころ」が、この本では解説されています。
    鳥山敏子さんだから書ける、実践に裏打ちされた、宮澤賢治論です。
    宮澤賢治は短い間でしたが、学校の先生をしていました。
    そのときの教え子たちに、鳥山敏子さんは取材をされています。
    非常に興味深く拝読しました。
    今回は第1章の終わりまでの読書メモを書きます。


    鳥山敏子『賢治の学校』
    読書メモ ロゴ
    (冒頭からp95まで)

    ​​・教え子たちが思い起こすシーンのほとんどは、雲を眺めたり山や林を見たりして本当にたわいもなく喜んでいる賢治の姿だ。
     (p18より)
    ​・まっ青な空に、白い雲がただ流れていくのを見て、先生は、こころから喜ばれるのです。雲に声をかけられるのです。「おおい」と。
    ……「いいなあ、根子君」。……損得勘定のまったくない先生なんです。
    ​​​
    (p64-65より)
    ぽっ僕も自然は大好きで、コンクリートジャングルのような都会ではなく、自然と共に生き、暮らしたいと思っています。今は都市化がどんどん進んだ時代なので、そういうふうに思っている人は多いでしょうね。
     映画監督の宮崎駿さんも同じように思っている人のひとりでしょう。
     「風の谷のナウシカ」などを見ると、人は自然を離れては生きられない、というメッセージを強く感じます。
     宮澤賢治の場合は、文学作品の中でそれを表現しただけではなく、自らその生き方をまっとうしようとしたところに、凄みを感じます。
     賢治のからだは、自然と一体化するところにあったのです。

    ・自分の目がとまる外界、こころひかれる外界はただの外界ではなく、自らの内界の表現でもあるのだ。賢治の外界描写は、すべて賢治の内界の表現そのものである。
    ​​​(p30より)​
    ・いつも何かを意図し、こういうふうに教育してやろうというのが授業とされているが、そういうものは決して生徒には伝わらない。伝わるのは、無意識のうちにからだから溢れ出てくるものだけだ。
    ​​​(p34より)​
    ぽっ教育では教師の「意図」が大事だとよく言われます。
      ただ、本書で語られるような賢治の教育は、そういった意図的教育を超えたところにあります。
      あこがれざるを得ません。



    本書の第1章の最後には、賢治が雑草に心を寄せ、休息時にお尻の下でつぶされる草花に思いを寄せいているところが描かれていました。
    僕は子どものときから学校で「雑草を引きましょう」という草引き集会があると、
    「雑草にも命があるのに、人間の勝手で引っこ抜かれるとは、かわいそう」と思っていました。
    しかし、農業として野菜などを得るためには、雑草は引かねばなりません。
    野菜は食べるが雑草を引くのはかわいそうだという僕は、とんだ甘ちゃんにはちがいありません。
    それに比べ、賢治は農民として生きていく道を選んだのです。
    農民として雑草を引かねばならない。
    引かねばならないが、心で詫びながら引いている。
    僕のように無責任にではなく、責任をもって自然とともに暮らしているのです。
    宮澤賢治の背中から学ぶべきことは、たくさんあるように思いました。

  • 鳥山敏子『賢治の学校』その2 ~「いっさいのものと比べない」

    石や風など、ありとあらゆるものから、いのちを感じていた賢治。
    職場への行き帰りに聴いている「アドラー心理学」にも、彼に通じるものを感じます。
    アドラーは「共同体感覚」の共同体の範囲を、人間だけにとどまらず、生物や無生物にまで、大きく広げて考えていたそうです。
    大きな宇宙の中に生かされている「わたし」。
    今日も、賢治の声を聴いてみましょう。
    鳥山敏子『賢治の学校』の読書メモ、続きです。
    今日は、第2章の「生徒とつながっていた賢治」からです。

    『賢治の学校 宇宙のこころを感じて生きる』
    (鳥山 敏子、サンマーク出版、1996、絶版)


    鳥山敏子『賢治の学校』
    読書メモ ロゴその2
    (p96から最後まで)
    ​​​・賢治がいかに「比べる」ことの怖さを意識していたか
    「いっさいのものと比べない」ということは、賢治を深く理解するうえで重要なキーワードだ。​

     (p113より)
    ​​・子どもたちのもっている天のこころが、比較されることをどんなに深いところからいやがっているかを賢治はしっかり感じている。​

    ​​​ 
    (p114より)
    びっくり比較することは学校教育の随所に見られますが、この弊害を強く感じていたのが賢治でした。
      鳥山敏子さんは、比べない教育を実践すると、子どもたちが非常に生き生きと、本来持っていた「天のこころ」を存分に輝かせ始めることを語っています。
      賢治の童話を読む際には、「いっさいのものと比べない」という思想を気に留めて読むだけで、理解がぐっと深まるのではないでしょうか。
      学校教育に携わる者として、深く胸にとどめておきたいことでもあります。

    ・「なぜならおれは
      すこしぐらいの仕事ができて
      そいつに腰をかけてるような
      そんな多数をいちばんいやにおもうのだ」

    ​​​(p122 賢治が生徒たちに贈った詩より)​
    しょんぼり賢治に叱られたような気がした、詩の一節です。
      賢治は物語を残し、詩を残すことにより、直接教えた生徒たちだけでなく、そのあとに続く多くの人たちにとっても、「先生」になりました。
      僕にとっても、間違いなく、宮澤賢治は、「先生」です。

    ・「私の話すことは、頭で聞くんじゃない。
      からだ全体で聞きなさい」
    ・「教科書なんかは家へ行って読めばよい」
    ・「教科書は、ほとんど関東、関西の例ばっかり、データが向こうのものだ。ここ花巻の自覚した農民になるには、ここのことを知れ。それには私の話を聞いたらいい。教科書は参考にならん」

    ​​​(p135 教え子が語る、賢治先生の言葉より)​
    びっくり賢治の言葉のひとつひとつが、今の学校教育の限界を的確に表しているように思えてなりません。
     たしかに、教科書は、日本の人口が多いところに寄った記述が多いかもしれません。
     教科書を神格化するのではなく、教科書をどう使うかを考える頭をもつことが大切です。
     学びを教科書に依存するのではなく、自らのからだで学ぶことを、もっとしていったほうがいいのでは、という気にもなりました。

    ・いまの教育の欠点のひとつは、正しいことと正しくないことを仕分けし、正しくないとされる部分をねじ伏せてしまうところにある。正邪、善悪、美醜、偉い偉くないの判断が何を基準になされているのか。いまの社会にとって都合よく決められたそれらを、からだのふるいにかけ、見直すことも「賢治の学校」の仕事なのである。
    ​​​(p246)​
    号泣宮澤賢治の童話には、誰が偉くて誰が偉くないかなどということは、ほんとうにわからないものだ、ということなどが、幾度となく、描かれています。
      「虔十公園林」(けんじゅうこうえんりん)は、特にそのことを強く感じた話です。
      あまり有名でない話かもしれませんが、多くの子どもたちに、そして、多くの大人たちに読んでいただきたい話です。

     ​
    『虔十公園林/ざしきぼっこのはなし』 (宮沢賢治のおはなし) [ 宮沢賢治 ]



    本書の著者、鳥山敏子先生は、2013年に亡くなられています。
    亡くなられたその日まで、子どもたちに実際に授業をされていたそうです。

    鳥山敏子先生が創設された東京賢治シュタイナー学校は、こちら。
    東京賢治シュタイナー学校
     ​https://www.tokyokenji-steiner.jp/

  • すべての教科を芸術的に学ぶシュタイナー教育 ~『マンガでやさしくわかるシュタイナー教育』

    前回​・​前々回​と、鳥山敏子『賢治の学校』の読書メモを書きました。
    鳥山敏子先生が「​賢治の学校​」として設立されたのが、
    「​東京賢治シュタイナー学校」でした。
    賢治の思想と、シュタイナーの思想は、重なるところが多いようです。
    「東京賢治シュタイナー学校」公式サイト​の「​賢治とシュタイナー​」によると、
    2人の共通点として、次のようなことが挙げられています。


    ​・一人ひとりの人間が​自分の中にある「本当の自分」​を見つけ出し、自らの“天の才”を最大限に生かして生きていける​
    ​・人間形成における​​芸術​​の重要性​


    これだけでは分かりにくいので、今日はシュタイナー教育にかかわる本を読み返してみたいと思います。
    マンガで描かれたシュタイナー教育についての入門書を取り上げます。

    『マンガでやさしくわかるシュタイナー教育』
    (井藤 元
    、日本能率協会マネジメントセンター、2019、税別1500円)
    ★​出版社公式サイト​に行っていただくと、試し読みができます!ウィンク
     試し読みの部分だけでも、基本的な部分がよく分かります。
     ぜひ、見てみてください。


    ​​​​​・ドイツで生まれ、オルタナティブ教育の代表格として知られるシュタイナー教育は、モンテッソーリ教育とならび、教育界では世界的に有名な教育実践です。
    教科書がなく テストもない、この一風変わった学校で、子どもたちは国語、算数、理科、社会……すべての科目を芸術的に学んでいます。​​​

     (p3より)


    特に幼児教育ではかなり取り入れられているのだとか。
    具体的にどうやって学ぶのか、気になりますよね?
    マンガの中ではもちろん具体的な授業場面も描かれています。
    たとえば、算数。
    (マンガの中では「エポック授業」として紹介されています。)
    日本の標準的な教え方は、「1+1=」とかですよね。
    対応する答えが、ひとつしかない。
    ところが本書で紹介されている教え方は、
    リスさんがどんぐりを見つける、というお話の中で、絵と一緒に
    「6個のどんぐりは、いくつといくつに分けられますか」

    という問いがなされ、
    「6=2+4」
    「6=3+3」
    などの式が示されていました。
    (p46)
    本書の最後の「エピローグ」でも、
    ・無限の可能性に目を向ける「逆向きの足し算」は、シュタイナー教育のあり方そのものを象徴する実践
     (p210)
    と書かれています。
    右辺と左辺を逆にするだけで、いろんな可能性があることに子どもが気づけるなんて!
    「こんな単純なことで!」と、魔法のように思いました。びっくり
    この本を読むと、僕たちが普段よく使う言葉の使い方に関する気づきも、生まれました。


    ​​​・「したいこと」と「せねばならないこと」が一致した状態のうちに、人間の「自由」は見いだされる​
     (p59より)


    「しなくちゃいけないことが あるんだ」
    は、名作「お手紙」の中の「かえるくん」のセリフですが、
    僕は、普段からこの言葉を好んで使っています。

    そうすると、妻から、「しなくちゃいけないと思うことはストレスになる」という指摘がありました。
    僕は、これは、ちがうんだよなあ、と思うんです。
    「いやいや、しなくちゃいけないことは、したいことなんだ」
    と説明していました。
    しなくちゃいけないことと、したいことが一致している状態が、幸せな状態だと認識していました。
    「お手紙」の中の「かえるくん」も、そうですよね。
    そのことが、本書の中にも説明として出てきたので、びっくりしました。
    シュタイナーは、これこそが、「自由」だと考えていたのですね。
    したいことをする自由が、しなくちゃいけないこと、たとえば仕事や勉強と一致する。
    これこそが、理想というやつです。
    いやいややるようなのは、勉強じゃない。
    「勉強」という漢字の語源から言うと、そうかもしれないけれど、
    学習ではない。
    学ぶということの語源は、「まねぶ」から来ているそうです。

    まねをしたいからまねるのであって、それは、自由なものであるはずです。
    強制からは、学びは、生まれません。


    ​​​・子どもたちはすべての教育を芸術的に学んでおり、あらゆる教科が芸術に満たされています。
    ・音楽は音楽の授業でだけ取り扱われるのではありません。
     すべての教科の中に音楽性が満ちているのです。
    ・学びの集大成として、クラス全員参加の「卒業演劇」も行われます。

     (p68より)


    僕は以前、「音楽のような授業」が僕の理想だと書きました。
    釣りキチ三平の作者が実際に受けた授業が、まさに「音楽のような授業」だったと。
    「ミュージカルのような授業」 ~マンガ家矢口高雄さんの体験より

    ほんとうに、今の授業というやつには、もっと音楽などの芸術の要素が必要な気がします。

    本書ではこの後も、子どもの前に立つ教師の心構えや、環境についてなど、非常に気付かされることの多い指摘が続きます。
    ただ、それをいちいち挙げていると、引用が多くなるので、それらを集約した言葉を引用しましょう。


    ​​​​・教師や大人にできるのは、子どもの「環境」として在ることだけです。​
     (p148より)


    子どもの主体性を重視し、大人のあり方を戒める、見事な一文だと思います。
    教師や大人が出すぎてしまうと、子どもの学びを奪うことになるのです。
    宮澤賢治が生徒を連れてよく山や川に出かけたのも、生徒に「環境」を提供するという意味が大きかったと思います。
    子どもの前に立つ教師の心構えを象徴することとして、1つだけ、印象的だったことを、最後に付け足します。
    シュタイナー教育では、教科書を使いません。
    では、国語の学習は、どうやっているのか?
    なんと、「モチモチの木」などのお話を、教師は全文を覚えて、「素話」(すばなし)と言って、暗唱するのだそうです。
    ううむ、シュタイナー教育、本気でやろうとすると、なかなか覚悟がいりそうです。
    ただ、その理想としているところは、すごく分かります。
    教えるということは、教科書を読んで聞かせてできるような、簡単なことではないのですね。

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