カテゴリー: 共に生き、共に育つ

  • 【オンライン・無料】「すべての子どもが育つ学校とはどんな学校か~映画『みんなの学校』から10年経った今問い直すこと~」

    インクルーシブ教育関係のオンラインセミナーの情報をシェアします。

    映画『みんなの学校』から10年経って、今問い直すこと」を、当時の校長の木村泰子さんが話されるとのことです。
    以下、主催者様から送られてきた案内メールから、転載させていただきます。


    主催:東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター
    日時:2023年12月23日 午前10時から12時
    講師:木村泰子(元大阪市立大空小学校長)
    題目:<年末特別企画>すべての子どもが育つ学校とはどんな学校か
        ~映画『みんなの学校』から10年経った今問い直すこと~
    申し込み先:​https://select-type.com/ev/?ev=GLYvU3Hjl3w
    趣旨:
     映画『みんなの学校』に映し出された大阪市立大空小学校の実践の事実は、公立小学校とは、すべての子どもに学びの居場所を保障すべき使命を持つことを鮮やかに照らし出しました。
     公開から10年近くが経ちますが、残念なことに、不登校も子どもの自殺も過去最多を更新し続けています。また、特別支援学級在籍児童として、通常学級から分けられて学ぶ子どもたちの数もまた、2倍強となりました。
     大空小学校の初代校長木村泰子先生は、2015年に退職された後、全国をまわり、学校に悩む子どもの声、保護者の声、そして教師の声に、ひたすら耳を傾けてこられました。
     全国の公立学校の状況は困難を増していますが、その中で、一部の学校では、木村泰子先生の支援を受けながら、「みんなの学校」をつくる取り組みも始まっています。
     2024年を迎えるにあたって、あらためて、すべての子どもが育つ学校とはどんな学校なのかについて、悩む子どもたちの幾多の声を聴いてこられた木村泰子先生にお話をうかがいます。
     地域の公立学校をなんとか変えたいと思っていらっしゃる保護者、地域、教員の皆様、さらに、いまの学校の現状に疑問を持っていらっしゃる皆様に、ぜひご参加いただきたい企画となっています。


    僕は、申し込みました。
    あなたも、いかがですか?ウィンク
    無料ですし、録画の後日配信もあるので、その時間に都合がつかない方も、関心がある方であれば、申し込んでおいて損はないと思います。大笑い
    なお、映画「みんなの学校」については、このブログでも何度かとりあげさせていただいています。
    「こんな学校いいな!」と思える、僕の大好きな映画です。ぽっ


    「困った」子への向き合い方 ~木村泰子『「ふつうの子」なんて、どこにもいない』
     (2021/05/05の日記)​​​​​
    「インクルーシブ教育」を考えるテキスト『「みんなの学校」をつくるために』
     (2020/07/25の日記)​​​​​
    「みんなの学校」上映会&木村泰子先生講演会 in兵庫県西脇市
     (2017/06/08の日記)

  • 「サザンの秘密は由子にある」~『ザ・バースデー 365の物語』

    昨日、12月11日は、サザンオールスターズの原由子さんの誕生日でした。
    ザ・バースデー 365の物語』という本には、365日すべての日について、その日を誕生日にもつ人の興味深いエピソードが掲載されています。スマイル

    『ザ・バースデー 365の物語』(7月〜12月)
    (ひすいこたろう+ふじさわあゆみ、日本実業出版社)
    僕は、原由子さんの名前と曲は知っていますが、そのお人柄までは知りませんでした。
    #原由子さんの曲は大好き。
    #結婚式のときのプロフィールビデオで「少年時代」とセットで原由子さんの「少女時代」を使いました。
    この本には、原さんのエピソードとして、次のようなことが、書かれていました。


    ・桑田佳祐さんの才能をぞんぶんに引き出したのは、いつも一番近くにいた原由子さんの笑顔だったと思うのです。
    (同書p352より)


    筆者の主観が入っているかもしれませんが、「笑顔がちからになる」というのは、僕の経験上も、よく分かります。ぽっ
    技術よりも何よりも、そのことが一緒に活動していくうえで、大切なものなのだということを、改めて思いました。
    「学校」というところは、特に、それを感じる場所です。
    学校の中で能力を発揮している人はたしかにいるでしょう。
    でも、そのそばには、笑顔でそれを引き出している人が、いるのです。
    そういう人に、僕もなりたいと思っています。
    さて、サザンオールスターズとしてプロになる時、不安そうな原さんに、桑田さんはこう言ったそうです。
    「うまいやつなんて上を見たらキリがないんだよ。
     みんなで一緒にうまくなっていけばいいんだ」
    (同書p352より)
    ​​
    僕は以前このブログの中で、​「結果」よりも「プロセス」​といったことを書きました。​
    成果主義や能力主義は、ともすればこういった発想を切り捨ててしまいます。
    でも、人生で大切な考え方は、「優秀なメンバーを集める」ということではなく、「今いるこのメンバーでやっていくんだ」という考え方ではないでしょうか。
    そして、そう、学校というところも、やっぱり、そうなのです。
    みんなで、一緒に、うまくなっていけば、いいんです。ウィンク


    「これでいいのだ!」 悩んだ時こそ、この言葉を・・・
     (2023/09/14の日記)

  • 「合理的配慮が福をもたらす」

    合理的配慮」のセミナーの案内を母からもらいました。スマイル
    僕自身は他の用事とかぶっていて行けないのですが、よさそうな内容なので、シェアします。
    ​「合理的配慮が福をもたらす」​​
    https://www.kokuchpro.com/event/274fddb1e4decc9a7c2af5ce7769f52a/
    合理的配慮が福をもたらす
    日時:2023年12月23日(土) 13:00〜16:00
    場所:兵庫県立考古博物館 講堂(オンライン中継あり)
    参加費:1,000円(18歳以下無料)
    このタイトル、いいなーと思っています。大笑い
    チラシの中央には七福神が描かれています。
    実際に、七福神からの取り組み紹介があるそうです。
    ハイブリッド開催なので、対面参加も、オンラインでの参加も、どちらも可能です。ぽっ
    ▼​チラシ画像は、こちらからご覧いただけます。​
     (「総合福祉のきらり」様のサイト)
    ※教育関係者向けのセミナーではなく、一般向けのセミナーです。
     学校での合理的配慮ではなく、会社やお店や自治会などでの合理的配慮の話が聞けるのだと思います。
     僕としては、そういう話はぜひ聞いておきたいと思いました。
     お時間ある方、僕の代わりに、ぜひ、聞いてください。ウィンク

    「合理的配慮」がよく分かるテレビ番組(「フクチッチ」合理的配慮 前後編)
     (2023/07/09の日記)

  • 「全員の顔が一番よく見えるところが・・・」 ~『耳の聞こえない人、オモロイやん!と思わず言っちゃう本』

    今日は、​前回のブログ​でとりあげたドラマ版「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」の放送日です。
    そこで、関連する本として、次の本をご紹介します。スマイル

    『耳の聞こえない人、オモロイやん!と思わず言っちゃう本』
    (大谷邦郎・手話エンターテイメント発信団oioi、星湖舎、2019、税別1500円)​

    大阪の手話エンターテイメント発信団oioiさんの本です。
    聴力の単位はデシベルを使い、その数値が高いほど聞こえにくい、といった知識も知ることができますが、本書の特徴はなんといっても当事者目線。
    とっても楽しい本なのですが、当事者に対して、ちょっと聞きにくいことも思い切ってインタビューしちゃおう、といったノリが全開です。
    当事者が語られることから僕らが気づかされることは、ほんとに多いです。
    「こんなことがあった」と語られる話の数々に、驚かされること、必至です。びっくり
    学校の中での出来事として紹介されていた次の話は、学校関係者として、特に覚えておきたいと思った話です。


    ​・「これは聴覚障害者あるあるなんですけど、だいたい僕らを教室の一番前に座らせますよね。」​
     ​「だけど、それは意味がない。」​
    (p98)


    少し聞こえにくいぐらいなら意味があるかもしれませんが、全く聞こえない状態に近い場合、口が動いているのを見てようやく、「今この人はしゃべっているんだ」と認識されるそうです。一番前の席だと、先生は板書をしながらしゃべることが多くて、しゃべっているかどうかが分からないし、クラスの誰かがしゃべっていても、一番前だとそのことに気づけないのだそう。
    今、日本は国連から、通常学級の場の中で、インクルーシブ教育を進めるように、勧告を受けています。
    通常学級の中で「耳の聞こえない人」も安心して授業を受けられるようにするには、こういった声にしっかりと耳を傾ける必要がありそうです。
    なお、このお話をされているのはノブさんという方なのですが、ノブさんは就職後、会社で学校のときとは大違いの、合理的配慮を受けられているそうです。
    具体的には、会議の時の座席の決定権はノブさんにあるのだとか。
    全員の顔が一番よく見えるところがノブさんの席になる」んですって。ウィンク
    (p105)
    学校でも、そんなふうにしてくれていたら、ずいぶん助かっただろうな、と思いました。しょんぼり
    本書の最後のほうには、別の方々による、学校でのいじめの話も出てきます。
    「周囲の無理解がつらかった」という話も出てきます。
    読んでいて、身につまされました。号泣
    勇気を出して語っていただいたこと、「本」のかたちにまとめていただいたことに感謝し、誰もが安心して通える学校をつくっていくために、活かしたいと思います。
    みなさんも、ぜひ、読んでみてください。

    『耳の聞こえない人、オモロイやん!と思わず言っちゃう本』
    (大谷邦郎・手話エンターテイメント発信団oioi、星湖舎、2019、税別1500円)​


    楽しくバリアクラッシュ! 手話エンターテイメント発信団oioiさん
     (2023/04/26の日記)
    『耳の聞こえない人、オモロイやん!と思わず言っちゃう本』
     (2023/06/24の日記)

  • 吉間慎一郎「社会変革のジレンマ ―伴走者と当事者の相互変容からコミュニティの相互変容へ―」

    今日は、インクルーシブ関連の記事です。スマイル
    昨日は、​東京大学インクルーシブ教育定例研究会によるオンラインセミナー​でした。
    そのときのチャットで、興味深い論文が紹介されていたので、ご紹介します。
    ▼「社会変革のジレンマ ―伴走者と当事者の相互変容からコミュニティの相互変容へ―」
    (吉間慎一郎:『更生支援における「協働モデル」の実現に向けた試論』著者)

    インクルーシブな社会に変えていくのは、もちろんめざすところではあるのですが、そのみちすじについては、はっきりとは見えていませんでした。
    こちらの論文は障害児者に関するものではありませんが、インクルーシブ教育やインクルーシブ社会につながるものを非常に感じます。
    PDFファイルにはEdgeでカラーマーカーを引くことができます。
    2色に色分けしながら、いくつかの部分にラインを引きながら読みました。
    冒頭の<要旨>で僕がラインを引いたところを引用します。


    主流文化への同化としての社会的包摂は,それと同時に主流文化に適合できない者の排除をもたらす。
     したがって,支援者が,排他的な社会の状態を放置したまま主流文化への同一化によって社会的包摂を達成しようとしても,ますます当事者は社会からの排除を味わうことになる。
     このような支援におけるジレンマを乗り越えるためには,包摂する側と包摂される側という区別をやめ,相互変容的な社会の構築に取り組む必要がある。

    (J A P A N E S E  J O U R N A L  O F S O C IO L O G IC A L  C R IM IN O L O G Y、 N o .4 4、 2 0 1 9、p46)


    「インクルーシブ」という言葉やその訳語である「包摂」に対する違和感を口にされる方がいらっしゃいます。その危惧や懸念は、ここで引用した要旨に表れているのかな、という気がします。
    そこで、吉間先生は、「協働モデル」を提唱されています。
    その内容に、僕も、強く賛同します。
    これは、覚えておきたいと思ったので、このブログでも書かせていただきました。びっくり
    ​協働モデル​」の定義は、以下のようなものです。


    ​​​伴走者と当事者とのゆるやかな関係性を基礎として,互いの無力さや弱さを受け入れて自分から変わる
    という実践を第三者を巻き込んで行っていく相互変容過程である
    ​​​
    (吉間2017: 100)
    ・当事者を変えようとするのではなく,当事者の本音に耳を傾け,自ら変わろうとすることで,両者のコミュニケーション過程が相互に影響を与えあう関係性へと導き,当事者も伴走者もより良い人生を目指していくモデルである。

    (J A P A N E S E  J O U R N A L  O F S O C IO L O G IC A L  C R IM IN O L O G Y、 N o .4 4、 2 0 1 9、p47)


    「相手だけを変えよう」とするのは、特に教育の世界では非常によく起こりうることです。
    大人が、子どもを、指導し、変えようとする。
    しかし、上の協働モデルでは、互いに変わることが提唱されています。
    「わたしが正しい。あなたが変われ」と言うだけでは、変わらないのです。
    これは、かなり本質的な部分を突いている気がしました。
    また、p50における次の箇所にも、僕は注目しました。


    ​​​・協働モデルは,どこでも普遍的に成り立つ「正解」は基本的にあり得ないという立場に立ち,その場その場で成り立つ「成解」を生み出そうとしている​​​
    (J A P A N E S E  J O U R N A L  O F S O C IO L O G IC A L  C R IM IN O L O G Y、 N o .4 4、 2 0 1 9、p50)


    これも、教育現場が非常によく陥りがちな「正解主義」へのアンチテーゼとして読みました。
    「成解」というのは吉間先生の造語のようですが、「なるほど。言い得て妙だなあ」と思いました。
    正解が最初からあるのではなく、関係性の中で見つけていく。
    こういう考え方をとれば、「教える人」←→「教えられる人」、「正す人」←→「正される人」、「支援する人」←→「支援される人」という2項対立的な図式は、消えてなくなりますね。
    たとえるなら、円環的な図式になると思います。
    こういった意識でひとりひとりがとりくめば、今まで対立的であったものを、互恵的な好循環に移行できるかもしれないと思いました。ぽっ
    最後に、p58からも引用して、終わります。


    ・自分が安心するために相手を変えるのではなく,
    相手に安心してもらうために​自分から変わる​
    (J A P A N E S E  J O U R N A L  O F S O C IO L O G IC A L  C R IM IN O L O G Y、 N o .4 4、 2 0 1 9、p58)


    今まで漠然と思っていたことがこんなふうに論文としてまとめられていたことに感動しました。
    教育論文ではないですが、「教育」の世界でも、じゅうぶん、同じことが言えると思います。


    『更生支援における「協働モデル」の実現に向けた試論』
    [ 吉間慎一郎 ]


    福島正伸『キミが働く理由(わけ)』3~環境に期待するより、自分に期待しよう
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