いよいよ明日は音楽会です。
今日、お昼の放送で「音楽会の曲」を放送委員の子が流していました。
「手のひらを太陽に」の最初期のバージョンであるボニージャックスがNHK「みんなのうた」で歌ったバージョンが流れたら、あるクラスでは僕が歌っていると勘違いされたみたいです。![]()
#こんにちは、ボニージャックスです。
#プロの歌声と勘違いされるなんて、うれしい。
今日はオープンスクールだったので、自分の授業を保護者にみていただく時間もありましたが、それ以外にも駐車場係をしたり、音楽会練習に行ってちょっとだけ口出ししたり、大太鼓を運んだりしていました。
ほかにも、1年生と給食を食べたり、明日のライブ中継の準備をしたり、自分の研究授業の指導案を先生方の机上に配って回ったり、学校便りのゲラを先生方の机上に配って回ったりしました。
#マルチタスクがずいぶん身につきました。
学校というところは、ずいぶんいろんな仕事があるところです。
それを負担に感じる方も、いるかもしれません。
ただ、これは、よいことでもあります。
「音楽」や「体育」が仕事に含まれる仕事というのは、そうそうありません。
学校の先生の仕事の中には、いろんな職種の方がする仕事が混ざり合っています。
言ってみれば、いろんなフルーツの味が楽しめるミックスジュースみたいなものです。
要は、楽しめるかどうかです。![]()
勤務の適正化を進めて、教員の仕事を減らすことは、必要です。
喫緊の課題だと思います。
ただ、一方で教員の意識として、いろんなことを「楽しめるかどうか」も重要です。
学校というところは、どう転んだって、いろんなことがあるところなのです。
本質的には、「いろいろあることは 楽しいことなんだ」
と思います。
そういった経験ができることは、貴重なことです。
多様性尊重の世の中だと言われます。
それは、多様な人を尊重するということだけでなく、
多様な物事を尊重するということとも、セットなのではないでしょうか。
いろいろあることを 楽しもう♪![]()
「いろいろあって、大変」から、「いろいろあって、おもしろい」への発想の転換をしよう!

(この画像は、AIがこのブログ記事をもとに作ってくれました。
)
カテゴリー: 共に生き、共に育つ
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いろいろあることを 楽しもう♪
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映画「夢みる校長先生」を、日曜日に観てきました!
観たかった映画を、日曜日に観てきました。
「夢みる校長先生」
▼公式サイト
「夢みる小学校」のときと同じように、家族4人全員で観てきました。
(↑過去記事にリンク)
「校長先生」がタイトルになっていますが、もちろん子どもたちが主役です。
映画の中の子どもたちは、みんなイキイキと輝いていました。
大人は、子どもたちのやりたいことを邪魔しない、やることを代行しないことが大事だな、と思いました。
たとえば映画の中で子どもたちが自分たちのやりたいことができるようにお店に電話で交渉するシーンがありましたが、こういうことって、先生が代わりにやってしまいがち。
子どもたちが自分で電話した方が、よっぽどいい、と思いました。
映画の後でトークショーがあり、「学校ではないけれど、映画に出てきたことと同じようなことをしている」ということで、不登校の子が集まってやりたいことをやっている取組が紹介されました。
鑑賞した映画館がある地域でされているデモクラティックスクールの取組です。
合わせて、「トーキョーコーヒー」という全国的な取組も紹介されました。
トーキョーもコーヒーも関係なくて、「登校拒否」の文字を並び替えただけだそうです。
遊び心やゆるさが感じられて、好感を持ちました。
映画とトークショーを通して、
「子どもがわざわざ遠いところまで通ってくる。
楽しいだけで」
という言葉が、非常に印象に残りました。
近くにあれば一番いいけど、まずは、エリアに1つぐらい、そういうところがあるといいな。
公立の学校が全国的に変わっていくことが理想だけれど、まずは「学校」に限らず、子どもファーストな取組をしているところがどんどん出てきて、そういった取組が広がっていけばいいと思います。
↓「夢みる小学校」「夢みる校長先生」の映画監督による著書。

『子どもはミライだ! 子どもが輝く発酵の世界』 [ オオタヴィン ]
【電子書籍版】[ オオタヴィン ]

▼「どんな子どもも、それは1つの個性であり、正解である」 ~映画「夢みる小学校」
(2022年12月18日の日記) -
「夢みる小学校2023」の情報が!!
昨日、映画「夢みる校長先生」について書きましたが、その後Facebookで「夢みる小学校2023」ができたことを知り、感動しています。

今まで知らなかったのですが、クラウドファンディングで支援を受け付けており、そちらは12月末日まで。
翌月の1月には東京で初めての上映会が予定されているそうです。
「夢みる小学校2023」は、「夢みる小学校」に登場した小学生のその後3年間を追って追加撮影した内容を加えたものだそうです。
監督が書かれていた説明を転載させていただきます。
映画に登場した小学校6年生は 今年 中学3年生になり卒業しました
「自由に育った小学生たち」の3年後を追加撮影、
30分間を新たに再編集しました
”あの子たちは大丈夫か❓ 懐疑派のみなさん” に
成長した ”夢みる中学生たち” のこの姿を観てほしい↓↓
https://vimeo.com/manage/videos/886376905
(2023/11/27付 オオタ・ヴィン監督によるFacebookへのご投稿より)
上のリンク先で予告編を観ることができます。

クラウドファンディングの受付サイトは、こちら。
https://www.dreaming-school.com/crowdfunding.html
「夢みる小学校」も「夢みる校長先生」も大変よかったので、支援させていただこうかと思っています。

初上映会の情報は、こちら。
【 夢みる小学校 2023 完結編 SP 初上映会】
2024年1月13日(土)13時〜 @東京ウィメンズプラザ
「夢みる小学校」自主上映主催者や、クラファン支援者無料。
詳細・申込み
https://peatix.com/event/3769324
「夢みる小学校」自主上映会開催申し込みはこちら。
https://www.dreaming-school.com/independent/

▼映画「夢みる校長先生」を、日曜日に観てきました!
▼「どんな子どもも、それは1つの個性であり、正解である」 ~映画「夢みる小学校」 -
研究授業、終了~(^o^)
昨日は午前中は音楽会、午後は自分の研究授業でした。
音楽会ライブ中継では想定外のことがありとても焦ってエネルギーを消耗していました。
午後の研究授業は想定通り子どもたちが班で楽しそうに学び合っている姿を見ることができ、ほっとしています。
研究授業なので授業開始のタイミングからすでに何人かの先生が来られていました。
そこで当初からのもくろみどおり、参観の先生方にいきなり
「今からこの先生方が、漢字の意味を動作で見せてくださいます」
と無茶ぶりをし、「美化」という教科書に書いてある言葉を、動作で示してもらいました。
研究授業だろうがなんだろうが、教室に来られた人には、容赦なく「教材」になってもらいます。
子どもたちの学習活動を見せてもらうんだから、見に来る人もそれ相応の対価を払ってもらわなくちゃいけません。
先生方はちゃんとやってくれました。
人によって「美化」の解釈が違うことが、動作を見るだけでわかっておもしろかったです。
その後は僕と子どもたちでほかの漢字熟語の動作化をひととおりしました。
みんなノリノリでやっていました
メインは、班で相談しながら書いていく「リレー作文」。
班学習が始まって早々、普段漢字を書こうとしない子が、他の子が書いているのを見て、自分から自分のノートに、友達が書いたのと同じ漢字を書こうとしていました。
その子のそんなシーンは初めて見ましたので、とっても感動しました!!
該当クラスの中でも特に「この子のことを考えて授業を計画した」という子どもは、過去最高に楽しそうな様子でした。
それに加えて、ほかの子もとっても楽しそうでした。
今までの僕が目指していた授業にはなっていたと思うのですが、授業が終わった今、
「もっと自分になにかできることがあったのでは」
という気もしています。
また3学期に同じクラスで授業します。(;^ω^)

▼通級指導教室の担当教員が、通常の学級で研究授業をおこなうよ!
(2023/11/26の日記) -
「漢字50問テスト」で書けない子への支援
「漢字50問テスト」というのがあります。

(写真提供:写真AC。僕の学校の実際のテストではありません。)
漢字の苦手な子が、これに苦しんでいます。
ほとんど点数がとれないのに、「テストだから自分でがんばれ」と個人の努力に任されていることが、よくあります。
そういったお子さんは、45分のテスト時間中、「分からない」「書けない」という思いをずっと持たされ続けています。
僕はよく通常学級の授業に入らせてもらっているので、ときには、
「教師が、この子もみんなと同じ条件でさせることにこだわっているから、この子にとって、この時間が意味のあるものになっていない」
という指摘をさせていただくことがあります。
ただ、担任の先生も、
「この子にはこの子に合った支援がいるとは思うが、テストの時にどんな支援ができるのか思い当たらない」
という場合が、多々あるようです。
そのため僕が教室に入らせてもらったときに、僕の方で支援をさせてもらって、それが有効だということを本人や担任が実感されたら、
「同じようなかたちで、よかったら、今後も担任がしてあげてください」
とお伝えすることがあります。
支援に関してはケースバイケースなのですが、今日入らせてもらった教室の場合、
「テストに余分があれば、僕にも1枚、いただけますか」
「その1枚を使って、Aさんに支援をしてもいいですか」
と、事前に担任に伝えていました。
Aさんは通級指導で担当させてもらっているお子さんで、今年度だけでなく、経年で見させてもらっているお子さんです。
僕は、テストの回答欄に、正解の漢字を半分書いて、テストを折りたたんでAさんの机上に置きました。
正解の漢字を完全に教えてしまうわけではないけれど、書き出しの半分は見せてやって、後の半分をAさんが思い出すことができれば漢字を書けるようにしたわけです。
折りたたんだのは、一度にヒントが見える問題数を限定するためです。
さて、こういった支援を受け入れるかどうかは、Aさん自身が決めることです。
「こんなの作ったけど、いる?」
と小声で伝えました。
お仕着せの支援になってはいけないので、いらなさそうにしていたら、すぐに引っ込めるつもりでいました。
Aさんは、いらない支援を手で払いのけるようにしっかりと拒絶できる子です。
僕は今まで何度もAさんに「そんなことしていらん」と拒絶されてきたのですが、
今回のAさんは、「それがあるなら、助かる」といった顔をしました。
そして、自力ではほとんど無回答だったのが、漢字の半分をヒントで示されたことで、俄然意欲的になり、どんどん漢字を書いていきました。
結果的には、今までで一番漢字を書いて提出した漢字テストとなりました。
テストに関しては、まだまだ、「みんな同じ」にこだわる風潮があります。
ただ、僕は、たとえば0点のテストを子どもがとったとしたら、それは子どもの責任ではなく、学校の責任だと思います。
学校が子どもに「できない」思いをさせて帰してしまっては、いけません。
逆に、「できる」という思いをさせて帰さなければなりません。
それが、優先事項です。
「テストはみんなに同じやり方でやらせて、同一基準で評価したい」というのは、教師の都合です。
それよりも、子どもの事情のほうが、はるかに重要で、優先されるべきだと思っています。
こういった「この子に必要な特別扱い」のことを、近年は「合理的配慮」というようになりました。
「合理的配慮」とは、みんなと同じことをすることが難しい場合に、その子・その人に合った個別の変更や調整をおこなうことを指します。
「合理的配慮」は、しないことが差別なのであって、それをすることで、その子はようやく他の子と同じように同じ場で学習することができるのです。
今回の僕のやり方(正解の漢字の半分を書いて見せて机上に置いてやるやり方)が適切だったかどうかは、検証しなければなりません。
しかし、どういったやり方であれ、「何かしなければこの子の学習が保障できない」ということが分かっているのであれば、「何もしない」という放置は、子どもを苦しめるだけです。
必要なことがはっきりしなかったとしても、とりあえず思いついた支援をやってみて、そしてその支援について後から検証していき、よりよい支援を考えていけばいいのです。
僕はそう思っています。
あなたは、どう思われますか?

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