「自分も他の人もみんな同じように大切にされる」 ~拝野佳生『関係支援を核とした学級づくり』その4
以下の本の読書メモを書いています。
『関係支援を核とした学級づくり 「特別でない」特別支援教育をめざして』
(拝野佳生(はいのよしき)、解放出版社、2023/11、税別2000円)
今回が、第4回(最終回)です。
↓過去記事は、こちら。
第1回: 子どもたちをつなごう!
第2回:「人権意識の”変わり目”となったエピソード」
第3回:「『関係支援』の具体的展開」
前回の続きのページで、僕がどうしてもふれておきたいのは、Dさんの事例です。
(p62~69 第2章第2節第4項「『仲間の変化』とマイペースなD」)
Dさんは転入生でした。
広汎性発達障害の診断を受けており、「ちょっと変わったやつ」という印象をもった子だったそうです。
(p62)
トラブルメーカーだったDさんですが、トラブルつづきだったところから、変化が変化を呼び、Dさんは次第に落ち着いていきます。
その説明の中で著者は、
「まわりが変わってDが変わる。Dが変わり、まわりも変わる。」
と書かれていました。(p65)
そして、象徴的なのが、3学期に入ってすぐの、長なわの練習のシーンです。
Dさんが長なわを跳べたことを自分のことのように喜ぶクラスメイトの作文が、紹介されていました。
その作文について、担任だった著者は、次のような感想を述べています。
・この文を書いた子はDが跳べたことをクラスの喜びとしてとらえ、
自分が跳べたかのように素直に綴っています。
こういう思い方ができる子を育てることが、
「関係支援」がめざす1つの着地点だと考えています。
(p66より)
「関係支援」をテーマにした本書ですが、その「着地点」としての事例もこうやって示していただいていることで、読んでいる僕たちにとっても、めざすものが非常にイメージしやすくなっています。
担任の経験がある者なら、こういった経験は、少なからずお持ちではないかと思います。
仲間の成功を自分の成功のことのように喜ぶ。
ここでは、自分と他者の境界線が区切られることなく、自分と他者が一体化しています。
学校でみんなと学ぶ意味は、まさにこういったところにあるのではないかと思います。
実は本書の後半では「着地点」だけでなく「終着点」としての事例も述べられています。
本書でおそらく最もページ数が割かれているのは、この事例です。
このブログ記事は公開直後に著者の拝野先生にも見ていただいているのですが、拝野先生から、次のような言葉をいただきました。
「このように、関係支援の着地点は"周囲の変化"でした。しかしこの後に登場するGさんは、周囲の変化もさることながら、"本人の劇的な変化"が見られました。
これを私は『関係支援の"ひとつの"終着点』であると言ってます。」
「終着点」に関する事例は、僕は拝野先生の研修会で直接お聞きしたのですが、これは「又聞き」ではなく、ぜひ、直接ふれていただきたい事例です。
本書ではかなり詳細にそのことにふれられていますので、その詳細は、ぜひ本書でご確認ください。
ほかにも、本書ではまだまだたくさんのことが述べられています。
ただ、それを全て書いているときりがないので、最後に、ひとつだけ。
「教育の目的」を大きくとらえ直すところについて、紹介して終わりたいと思います。
前回もテーマに挙げた「育てる」ということ、「教育する」ということについて。
その全体をとう捉えるのか。
本書は一貫して、当事者の人権という視点に立った考察がされています。
最後に引用するのは、「子どもの権利条約」です。
その、「教育の目的」の部分です。
・子どもの権利条約(6)「教育の目的」(第29条)
「教育は、子どもが自分のもっているよい所をのばしていくためのものです。
教育によって、子どもが
自分も他の人も みんな同じように大切にされるということや、
みんなとなかよくすること、
みんなの生きている地球の自然の大切さなどを
学べるようにしなければなりません」
(p111 ユニセフ訳による)
非常に分かりやすく、読みやすい訳です。
本書では「ユニセフ訳」となっていますが、今ネットで検索すると、同様の内容はアムネスティ・インターナショナルのサイトで見られました。
他の条文も含めて、ぜひ読んでみてください。
▼子どもの権利 - 子どもの権利条約(アムネスティ日本のサイトより)
分かりやすい本も出ています。興味があればそちらも参照してください。
『子どもの権利条約ハンドブック』
(木附 千晶・ 福田 雅章、自由国民社、2016、1870円)
最近は、中学校の校則を子どもの意見をふまえて見直すなど、「第12条 意見を表す権利」にもスポットが当たるようになってきましたね。
本書でおこなわれている「子どもをたいせつにする」ということの具体は、子どもの権利条約に表されているような、子どもの権利に依って立つものです。
それは、決して大人の都合や、強制により、おこなわれるべきものではありません。
そういった原点を再確認して、4回にわたって書いてきた本書の読書メモを終わります。
この4回の連載記事については、公開直後に著者の拝野先生にも見ていただき、ご感想をいただくことができました。
すばらしい著書を世に出していただいたことに、改めて感謝申し上げます。
多くの皆様が本書を手に取って、読んでいただけることを、切に願います。
たいせつなことを たいせつにしよう
▼「どんな子どもも、それは1つの個性であり、正解である」 ~映画「夢みる小学校」
(2022/12/18の日記)
▼「今、学校に求められていることは?」~佐藤豊先生より
(2007/03/17の日記)