「できるできない」を超えた評価の観点

障害児学級の交流学級となった昨年、
最後のほうになってようやく、
わかりかけてきたことがある。
最初はとにかく「できない」が目についた。
子どもも、そして自分もである。
「なんとかしなければならない」と思った。
その、「なんとかしなければ」というのが、
ちがうんだな~というのが、今の感情である。
いいとか、わるいとかではない。
できるとか、できないとかではない。
小さなことが、今までのその子を見ていて、
「こうなんだな~」と受け入れられていたことが、
少し、ほんのすこし成長した瞬間、
同じようにその子を知っている人に話したくなった。
「今日、○○くん、こんなことができたんですよ(^0^)」
これは、ふりかえってみると、
「できるできない」を超えた
 新しい評価の観点を
 持っていたからこそ
 出てきた言葉かな~ と思う。
(わかりにくいと思うので、別の表現を探してみると・・・
「上からの評価」でなく、
「横からの目線、横からの評価」ということかな~
ちょっと微妙に この言おうとしていることは
全く同じ経験を持った人でないとよくわからないような気がするのだけれども。)
「できない」ことで、「なんとかしなければ!」と
あせってむりをしてしまう・・・
そういったことをたくさん重ねてきた中で、
「できない」ことをふくめ、
だんだんと ありのままを受け入れる、
受容することが できてきたような気がする。
そうすることで、なにより 私自身が一番救われた。
「なんとかしよう」と無理を重ねることは、
その子にとっても、私にとっても、
つらいことだった。
「今はこうだもんね。
 それでいいよね。」と笑って受け入れられるようになった時、
そのうえで、少しずつ 必ず成長していくから、
その姿をじっと見守っていくからね と
おだやかなきもちで 共に笑い 共に泣き いっしょに成長していけたとき
ああ
それはすばらしい
もうひとつの きょういくのカタチがあった 
 ということを 発見した!!
(※今日は思いついたままを書いてみました。(^^;))

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